2006年02月26日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.17

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【写真】「稲村の火」の物語を描く様子
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【写真】フェルトペンで塗り絵用に描く
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【写真】女の子が描いた「MY HOUSE」。太陽がこっそり覗いているよ
(クキさんレポート11)
  第2週目は、「『お・は・し・も』の歌の伝授共育」をタララ村で実施される予定だったが、このタララ村は、既にイシャンカというデビヌワラ出身の大学生によって伝授されてきたので、第1週目の「稲村の火」の物語の読み聞かせ共育を再度実施することになった。今回は、お絵かきをカラーで描くのではなく、黒いペンで描くのみとし、最終、4ヶ所のプロジェクトサイトの子どもたちの絵を「塗り絵」にして、「稲村の火」スリランカバージョンを作成する計画である。

「塗り絵」にすることにより、子どもたちが家に持ち帰っても読むだけでなく同時に色を塗る楽しみがある。スリランカの両親は、非常に子どもとの時間を大切にする。と、同時に教育にも熱心である。このスリランカバージョン「稲村の火」の塗り絵を通して、両親、更にはコミュニティー全体に防災の意識が広がる可能性は充分にあると思う。

ある女の子が、絵が描き終わったと言って、ヒロに見せにきた。タイトルは「MY HOUSE」、私の家と題したその絵は、太陽が雲から彼女のお花畑が広がる家を覗いている。何とも愛らしい、微笑ましい絵である。「『稲村の火』の絵を描きましょう!と言ったはずなんだけどなぁ〜」とヒロはテレ笑いしながら私に言った。そしてその女の子に「よく描けたねぇ〜Very Good ♪」と目を細めながら優しく微笑んだ。「稲村の火」の物語の内容が重要なのではない。そこから感じる心やみんなで「お絵かき」をする時間が大切なのだと思う。その時間の共有が防災「共育」であると思う。その女の子が私に「私の家のお花をみんなに分けてあげるの」と嬉しそうに話していた姿が心にほのぼのと残っている。彼女が、ヒロの、私の、心を癒してくれた。私も彼らと共に育っていく。感謝。

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2006年02月25日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.16

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【写真】イシャンカの指示でみんな協力しあって移動
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【写真】イシャンカの妹も一緒に学ぶ(共育)
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【写真】机で鉛筆の先を尖らす男の子
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【写真】拳を力いっぱいに振り上げながら歌う
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【写真】津波1周年慰霊祭のモニュメント
防災ソング「お・は・し・も」伝承のレポートの2回目です。子ども達の様子が生き生きと描かれています。

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(クキさんレポート10)
 シンハサナ村に着くと、既に子どもたちはグループに分かれて、座っていた。イシャンカが、ホワイトボードのある場所に移動するように指示を優しくだす。子どもたちは机、椅子を運び指示された場所まで移動した。イシャンカによってホワイトボードにシンハラ語で「お・は・し・も」の歌が書かれた歌詞を子どもたちがノートに書き写す。年少さんは、字を書くスピードが遅いため、ボランティアリーダーが手助けをしている。書き終わった歌詞をイシャンカはじめボランティアリーダーがチェックしている。あるボランティアリーダーが年少さんの鉛筆を鉛筆削りで削っていたのを見たある子どもは、鉛筆の先を机で尖らしはじめた。(写真参照)自分で考え、出来ることは自分でする。それを見ていた私にその子どもは、自慢げに先の尖った鉛筆を見せ、顎を少し斜めにあげながら真っ白な歯をキラッと輝かせた。

 いよいよ歌の練習に入った。「お・は・し・も」の歌の意味や、この歌が生まれた経緯など、イシャンカが説明をする。「お・は・し・も」の日本語の意味は、私が少し説明した。子どもの中には分かっているのかいないのか、ぽか〜んと聞いている子どももいたが、いったん、イシャンカが歌いだすと、体でリズムをとりながら、一緒に直ぐに歌いだしていた。愛知県布土小学校のオリジナルの「お・は・し・も」の歌はとてもリズミカルな歌であるが、このマータラバージョンは、スリランカの伝統的な音楽にあわせて、とてもゆっくりしたメロディーに編曲されている。ヒロと私は、何回聞いてもなかなか覚えられないメロディーなのだが、スリランカの子どもだけでなく大人も不思議と、このメロディーを一回聞いただけで直ぐに覚えてしまう。子どもたちは特に一回聞いただけで次には、大声で歌い始める。これには本当にヒロといつもびっくりしている。

 「稲村の火」の物語もそうであるが、「お・は・し・も」の歌も、現地の文化や習慣にあった形に変わる方が覚えやすいし、また広がりやすい。このマータラバージョンの「お・は・し・も」の歌は、マータラ地域から他の地域に広がるであろうと確信しながら子どもたちの歌を聴いていた。このマータラバージョンの歌にはジェスチャーが付いている。「皆一丸となって、手と手をつなぎ、立ち上がろう!信念があれば、私たちは立ち向かえる!」と拳を挙げながら歌うのだが、(写真参照)子どもたちはこの部分になると、力一杯に拳を挙げる。笑って歌っていても、この部分になると真剣な表情になる。小さな、小さな子どもでも、この部分になると、小さな拳を精一杯、背伸びしながら空高くに突き上げる。その姿と、昨年の12月26日のディクワラで行われた津波一周年慰霊祭で漁師の息子さんが創った、男女が拳を天高くに突き上げているモニュメントとが重なった。

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2006年02月24日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.15

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【写真】イシャンカさんのオルガン練習
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【写真】鍵盤のABCを見ながらオルガンを弾く
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【写真】イシャンカ・オリジナルABC音譜
共育プロジェクト2週目、防災ソング「お・は・し・も」伝承のレポートです。少し長いので、2回に分けてお伝えします。

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(クキさんレポー9)
第2週目は、「『お・は・し・も』の歌の伝授共育」がデビヌワ・シンハサナ村で実施された。タララ村で既にイシャンカというデビヌワラ出身の大学生によって伝授されてきたのだが、ここシンハサナ村では今回初めて、「お・は・し・も」の歌(マータラ・バージョン)がイシャンカによって伝授された。

オルガンを弾いたことがないというイシャンカに対して、私たちはまず、マータラYMCAでオルガン練習を実施した。しかし、UNボランティアはじめ、マータラYMCAスタッフの誰一人としてオルガンが弾ける者がいなかった。どうしようか?となった時、イシャンカが自宅へ持ち帰り、彼女自身で練習をすると申し出てくれた。
本当に何とかなるのだろうかと心配していたのだが、何と♪本当に、彼女は自分で考案した方法で見事に「お・は・し・も」の歌をオルガンで弾けるようになっていたのである。

相当練習を重ねていたことが容易に想像できる。オルガンの鍵盤にABCと文字を貼り、そしてメロディーにそって、ABCを書いていく。それを見た私たちは大拍手!素晴らしいとしか言いようがない。以前、私は彼女に「音譜は読める?」と聞いたことがあった。彼女は「読めない」と答えた時、正直、本当にオルガン弾けるようになるのかと心配していた。私は学校で音譜を教わったことがあるが、オルガンは弾けない。彼女は学校で音譜は教わっていないがオルガンが弾けようになった。いつでもオルガンが弾ける環境で育った私は未だにオルガンが弾けないでいる。私たちがイシャンカの家に着いた時、彼女が一言「オルガン、弾けるようになったの」と気品溢れる笑顔でニッコリ微笑んだ。その笑顔は誇りと自信に満ち溢れていた。教育とは一体何なのだろうか。イシャンカの家族も一丸となって、オルガン弾きに協力してくれたと後から聞かされた。この過程が本当の共育(教育)なのだろうと思う。

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2006年02月23日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.14

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【写真】年長さんの子どもたちによる読み聞かせ
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【写真】何人で一冊?皆で共有、誰も文句は言いません
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【写真】「次はここから読んでね」とボランティアリーダーから子どもへバトンタッチ
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【写真】子どもたちによる質疑応答
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【写真】何回も描く姿勢を変えて描いてました
 久しぶりのスリランカレポートです。少し、間があいてしまいましたが相変わらず現地のクキさんとヒロさんの二人は、暑い中頑張っています。マータラで活動しているヒロさんの方は、以下のような一応の年間計画をたて進めていくようです。クキさんの方は、今週いっぱいまでヒロさんのサポートをしつつ、来週からはゴール市に入りゴールのYMCAブランチをベースに活動を展開することになっています。

 ところでヒロさんがたてた一年計画は、いなむらの火の民話の読み聞かせ、防災ソング「お・は・し・も」の伝承、お絵かきやオイルランプづくりなどのアートのクラス、ハザードマップづくり、アウトドアクッキングクラス、ファーストエイド(災害後の初歩的な救急対応)などを3ヶ月サイクルで組み合わせるという内容です。実は2月16日には、一つのサイトでの最初の「稲村の火の読み聞かせ」と「お・は・し・もの歌の伝承」が終わったようです。でも、終わったからといってこの二つのプログラムがもう展開されないかというとそうではなく、なんとボランティアリーダーやあるいは子どもたち自身が主体的になって伝えたり、広げたりしているようです。そのドキドキするようなドキュメント?を今日から少しずつ紹介します。クキさんからのレポートです(今日の分は長文で失礼します)。

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(クキさんレポート8)
 マータラでは全4ヶ所でプロジェクトが実施される。それぞれの期間は3ヶ月である。3ヶ月後に新たに4ヶ所でプロジェクトを実施する。期間は同じく3ヶ月である。そしてそれぞれのプロジェクトのボランティアリーダーが次のプロジェクト実施場所で、彼らの世界に一つとも言えるボランティア活動を次のボランティアリーダーに伝授する。そして新たな世界に一つのボランティア活動を生む。この過程がまさに「共育」と考えている。

 第1週目のプログラムを、前回、デビヌワラで実施された「稲村の火」の物語の『読み聞かせ』と『お絵かき』」をトッタムナ村(Tottamuna)でも実施した。 国内UNボランティアがこの日の午前中に既に、ボランティアリーダーに「稲村の火」の物語の説明をしていたため、今回は、直ぐにボランティアリーダにより『読み聞かせ』が始められた。

15:00から始められたが、ものの10分もしないうちに、ボランティアリーダーは、読むのを止めてしまった。どうなるのかなと思っていると、彼女は、ある子どもを呼んで、「次の文章から、あなたが読んでね。」と言った。子どもが子どもに読み聞かせをし、次に読む子どもを子どもが選んでいく。あてられた子どもは堂々と自信満々でみんなの前で朗読していく。聞いている子どもたちも耳を傾け、本の文字を追っていた。前回とはまた違った形での『読み聞かせ』となった。今回も、ボランティアリーダーには何も私たちからのアドバイスはしていない。彼ら独自のやり方である。

 子どもが子どもたちに『読み聞かせ』をしている時、2人の子どもが遅れて入ってきた。またもや、どうなるのかなと思っていると、ボランティアリーダーは、直ぐにその子どもを別の場所に呼び、『読み聞かせ』を始めた。通常なら遅れてきた子どもは、大多数(子どもたち)の中に混ぜられるであろう。しかし、彼女はその集団の中には入れず、『個』としてその子どもに接していた。子どもたちが子どもたちに「稲村の火」の物語について質疑応答が始まった。最年少の6歳の子どもにでも答えられるよう配慮した簡単な質問をだす年長さんもいた。『個』として年長さんもその子どもに接していた。CODEが10年目の「神戸宣言」で「最後の一人まで助けよう」と発信した言葉と彼らの姿勢が重なった。

 ヒロが一人の子どもの絵を見ながら質問していると、他の子どもも我先にとヒロの周りに集まってきた。ヒロは子どもたちの人気者だ。一人ひとりにヒロが色々なことを聞く。子どもの顔を見ていると、どの子どもも本当に嬉しそうである。笑って答える子どもや真剣な顔で答える子どももいる。ヒロは汗だくになって一枚一枚丁寧に子どもたちに聞いていた。子どもたちの説明に大笑いしたり、なるほどなぁと関心させられたり、彼らの感性にはいつも驚かされる。

 最後にヒロが、「みんなの前で絵を発表しよう!」と子どもたちに言った。一斉に子どもたちの手が挙がる。一人ひとり自分たちが描いた絵をみんなに説明する。前回のデビヌワラでの『読み聞かせ』とは一味違った形でトッタムナ村のプログラムは終了した。同じプログラムでも場所が違えば、ボランティアリーダーが違えば、子どもたちが違えば、違ったものになる。だから、私たちはけしてボランティアリーダーにはアドバイスなどはしない。「稲村の火」の物語の内容は変わらないが、この物語が語られ、耳に入った瞬間に違ったものへと変わる。「変わってよいんだ」「違ってよいんだ」というメッセージが聞こえた日であった。

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2006年02月13日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.13

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【写真】(上)読み聞かせ後に子どもたちが絵を描く様子。(下)はじめはゆっくりゆっくりと描いていたが…。
クキさんのレポートにある絵というのは、「稲村の火」物語の読み聞かせが終わったあとに、子どもたちを年齢別に3つのグループに分けて、書いて貰っている絵のことです。この絵については、随時HPに上げていきますのでお楽しみに!!
(事務局)

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(クキさんレポート7)
子どもたちが描いた絵に関しては、私は専門家でもないので、これらの絵が何を意味するのか分からない。側に行って、絵の話を聞くことしかできないが、子どもたちは、それでも、とびっきりの笑顔で応えてくれる。「側に寄り添い、話を聞くだけでも良いだよ」と、CODEの方から言われたことがある。「専門家にできること」、「専門家でないからこそできること」、「私たちにできること」それぞれが、できることを自然に行えることが、ボランティアなのかもしれない。このレポートを書いている時、右手の薬指にできたマメが少しだけ痛んだ。子どもたちが絵を描く際に、ヒロと鉛筆を30本近く削ったときにできたマメだ。電気鉛筆削りでしていたなら、数分で削れていただろう。でも、この痛みが、少しだけ警告しているように思う。原点に戻れと。

スリランカに来てから、毎日、何かで大笑いしている。基本的に私はよく笑うが、怒りもするし、よく泣きもする。つまり喜怒哀楽がかなり激しいタイプだ。今日も、大笑いしたことがある。ある子どもが、絵を描くとき、彼は、初めは、それこそ完成するまでに何日かかってしまうのだろうかと思うほど、ゆっくり、ゆっくり、(★写真参照)描いていた。皆が描き終わっても、一人で黙々と描いていたのだが、他の子どもたちが、『 クリケット 』を始めたのを知ったその子どもは、チロチロと、その『 クリケット 』を横目で見だした。見ていると、段々落ち着きがなくなってきているのが分かる。その内、彼の手が早くなっていく。絵の具も急いでチューブから絞りだし、それこそ、先ほどのゆっくりさは何処へいったのかと思うほどのスピードで絵をぬりだした。そして、しまいには、絵もろくろく見ずに、青色の絵の具で思いっきり、家の屋根まで青で塗りつぶして、大慌てで、クリケットの方へ走り去ってしまった。子どもは、これだから楽しい。

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2006年02月12日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.12

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【写真】(上)真ん中、奥の女性がボランティアリーダーのYASAさん。(下)他のボランティアリーダーによる読み聞かせの様子。
(クキさんレポート 6)
手作り黒板のボランティアリーダーの一人にYASAさんがいる。彼女を私は、「マータラ肝っ玉母さん」と秘かに呼んでいる。彼女を見ていると、一つのグループに留まるのではなく、全部のグループに顔をだしては、そっと、他のボランティアリーダーの手助けをしている。この、「そっと」が彼女を肝っ玉母さんと呼んでいる由縁である。

彼女は、例の『手作り黒板』が作られた村のボランティアリーダーであるのだが、今回も彼女自らの意志で、ボランティアとして来て下さった。ボランティアが他の村でボランティアする。ボランティアのネットワークが創られていく。この「マータラ肝っ玉母さん」が多くの子ども(ボランティア)を育てていく」それも、『そっと』目立たずに育てていく。でも、『そっと』は、大きな音になり、その音がやがては、『平和の鐘』のように、マータラに、スリランカに鳴り響くと思う。それを鳴らすのは、ここ、スリランカの人々一人ひとりだと思う。そして、私がスリランカを去る時に、この鐘を私も鳴らしたいと思う。

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スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.11

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【写真】(上)マータラYMCAスタッフによるボランティアリーダーへのオリエンテーション。(中)年長の子どもが準備をする。(下)「稲村の火」物語の読み聞かせの様子。
(クキさんレポート 5)
マータラでは全4ヶ所でプロジェクトが実施される。それぞれの期間は3ヶ月である。3ヶ月後に新たに4ヶ所でプロジェクトを実施する。期間は同じく3ヶ月である。そしてそれぞれのプロジェクトのボランティアリーダーが次のプロジェクト実施場所で、彼らの世界に一つとも言えるボランティア活動を次のボランティアリーダーに伝授する。そして新たな世界に一つのボランティア活動を生む。この過程がまさに「共育」と考えている。

第1週目のプログラムは、「稲村の火」の物語の『読み聞かせ』と『お絵かき』」。デビヌアラ(Deviuara)のシンハーサナ村(Shinhasana)で実施された。 マータラYMCAのスタッフと、国内UNボランティアらが、ボランティアリーダーに「稲村の火」の物語の説明をする。けして、このように子ども達に教えて下さいというアドバイスはしない。それぞれのボランティアリーダーが、自由な発想で、この物語を語ってもらうことが重要であるからだ。

16:00pmから17:00pmの1時間、「稲村の火」の物語をボランティアリーダーによって読み聞かせがされた。子どもの表情を見ていると、ボランティアリーダーらの顔をじ〜っと見つめながら聞く子どもや、物語の絵本の絵をじ〜っと見つめながら聞いている子どももいれば。中には、退屈そうに聞いている子どももいる。それでも良いと思う。興味がある子もいれば、ない子もいる。みんな違っていてそれでいいと思う。私たちは、どうしても期待してしまう。企画したのだから、皆が興味を持って聞いてほしいと願う。つい、「みんな違うんだ」と言うことを忘れてしまう。そして、「なぜ、あの子はちゃんと聞かないの?」となってしまいがちである。今、このプロジェクトは始まったばかりである。「みんな違って良いんだ」ということを忘れずに見守りたいと思う。

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2006年02月09日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.10

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【写真】(上)最年少の子どもが一番大きい赤ちゃん人形を抱えてダンス♪。(下)皆、本当に楽しそうに踊る。
(クキさんレポート 4)
スリランカの人は本当に、ダンスや歌が大好きなのが、プログラムに参加するたびに感じる。子どものみならず大人も一緒になって楽しんでいる。そして彼らの目はダイヤモンド以上に輝いている。その目が私たちをも輝かしてくれる。こうゆうことが「喜びの連鎖」であったり、「喜びの共有」なのかもしれない。
日本人が忘れてしまっている、彼らの目の輝きを、笑顔を、私自身が彼らから学び、日本に持ち帰りたいと思う。

女の子によるダンスが披露された。ヒロとつい笑ってしまった。最年少の一番小さな、小さな女の子が、一番大きな赤ちゃん人形を落とさないように、必死になって踊っていたからだ。(写真参照)どの赤ちゃん人形をどの子どもが持つのかを誰が決めたのかは知らないが、仮にその子どもが決めたとしても、日本なら大人が小さいのに変えるであろうと思う。

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2006年02月07日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.9

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【写真】(上)熱ちっ!ゆでたてジャガイモの皮むき。(下)エビの皮むきを習った子どもが子どもに教える。
(クキさんレポート 3)
今回の「防災共育」プロジェクトの最大の目的は、「子どもたちが楽しく防災を学ぶ」ことにある。そしてその活動を支えるのが地元のボランティアである。スリランカで当たり前となっている日常的な「ボランタリーな生活」を、地域の中だけでなく、スリランカ全土に向けて、更には世界に向けて「ボランタリーな活動」へと広がるとき、この「防災共育」が平和の足音をも運んでくるのではないだろうか。そしてその活動を黒子に徹して見守るのが私たちの役目だと思う。ある子どもが私に言った言葉を思いだす。「僕がするから、あなたは見ていて。」そう、その子は私とジャガイモの皮をむいていた。

最後に、クッキングアクティビティーでの料理は全てのディッシュが美味だった!日本チームの『天ぷら』は、臭いエビの皮むきにも子どもたちは耐え、見事なスリランカ風『天ぷら』ができ、とても好評だった。最後のイカ料理が仕上がった直後に雨が降りだした。グットタイミング。そして中で食事をし終わる頃、かたづけが始まる頃に雨が上がった。あまりのグットタイミングさに、日頃の行いが良いからだろうなと自分を褒めてみた。こんな事を考えていたのは私だけであろうが。

UNDPの方が、食事している子どもの写真を取り忘れたが、クキは撮った?と聞いてきた。ボランティアリーダーらが、幼い子どもたちを先に食べさせるため、給仕にいそしんでいた頃、私は自分の食事をすることに夢中になり、すっかり写真をとるのを忘れていた。反省、反省。
ボランティアリーダーらは、何回も何回も子どもたちに「お腹一杯になった?まだいる?」と聞き、水を注ぎ、5つ星のホテルでも、あれだけのサービスは受けられないと思うほどの給仕ぶりを発揮していた。そしてホテルのサービスにはない、『愛情』と『思いやり』という最大の武器でもって子どもたちに接していた姿は何よりも美しいと思った。

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【写真】(上)黒板作りの様子。(下)村長の家にて。
(事務局より)
ヒロさんこと、滝田さんのレポートで手作りの黒板の話しをお伝えしましたが、やっと完成したようです。この完成版を見たクキさんの感想を以下に紹介します。

−−手作りの黒板の完成版を見ることができた。見事としか言いようがない程の出来栄えである。これが村長宅の家のドアであると聞かされた時、村長宅のどの部屋の扉が使われたのだろうかと、つい家の中をジロジロと見つめて探してしまった。家の扉まで提供して、このプロジェクトを支えてくれるというのは、本気でなければなかなかそこまではしないだろう。

『彼らが必要としているものが、けして彼らが本当に必要であるものであるとは限らない』と、ヒロが言っていた。これは、私たちが気をつけなければいけないことである。物資を配ることは簡単なことである。彼らが聞いてきたから、それが必要であると思い、その物を提供する。私たちは、彼らが、聞いてきたのだから、それを渡したのだから、彼らのニーズにあった支援であると言う。しかし、その配られた物を、彼らが、村長宅に飾られている(この表現がぴったりなくらいに大事に、大事にしていた)黒板のように、大切に使っているだろうか。漁業用の網を作る機械がスリランカのあちらこちらで配られた。どの家庭にも余る程の機械が持ち込まれた。そして、今は埃を被って家の何処かに放置されている。

この黒板には、黒板消しが付いていた。黒板消しがほしいと言う子どもに、ヒロは「黒板消しがほしいなら、それも創ればいいじゃないか」と、又もやもちかけたらしい。そして、本当に、本当に、鳥肌がたつくらい見事な「手作り黒板消し」が完成していた。それを見たヒロは、「やれば何でも出来るじゃん!」と子どもに何気なく言っていたが、彼の目は赤くなっていた。そして何回も黒板に何か文字を書いては消し、書いては消しを繰り返していた。その光景を見ていて、私の目も赤くなってしまった。そして最後に、その黒板の裏が、立てかけられるように一本の棒が付けられていたのを発見したヒロは、今まで見たことのない最高の笑顔で、「GOOOOOD!」と、子どもに言った。子どもは照れながらも自信満々の笑みを浮かべていた。−−



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2006年02月06日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.8

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【写真】津波直後のスリランカの避難所(2005年1月)
<クキさんレポート2>
『ボランティアをするというのは何なのか?』こんな質問が頭をよぎった一日でもあった。先日、こちらのボランティアの子どもたちに「なぜボランティアをしようと思ったのか、土曜日、日曜日を自分たちの時間を削ってでもボランティア活動をしようと思った理由は何なのか?」と、UNDPの方が聞いたことがあった。大人に聞いてもなかなか答えられない難しい質問である。

子どもたちも少々戸惑っていたように感じられたが、「歌が好きだから。」、「ちいさい子どもが好きだから。」、「踊りが好きだから。」等があがった。多分、質問者の期待していた答えと若干違ったかもしれないが、これが正直な彼らの気持ちであり、それ以上でも以下でもないと思
う。ボランティアという観念?は、西洋から持ち込まれたものであり、彼らの地域で、隣の家が隣の家の子守をするのは日常生活に組み込まれている。

困った時に手を差し伸べるのも当たり前のことであり、支えあい、助けあい自体が自然になされているのではないかと感じる。それが「ボランティアなのですよ。」と言ったところで、この言葉は後から作られたもので、元々から彼らの中にあるものだと感じる。ボランティアをしようと思った理由など本当は、ないのだろう。そう思うと、以前から考えている、『人間は元々ボランティアとして生まれている。』ということが、しっくりくる。物がなければないほど、足りなければ足りないほど、このボランティアという人間の生まれてもっている本質が発揮?されるのではないか。だから、あのKOBEの震災の時、何もかも失ってしまって、皆がボランタリーな活動を自然と、何も考えずにできたのでないかと思う。


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2006年02月05日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.7

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【写真】(上)風船をふくらます様子。(下)小さなTUKTUKから5人のメンバーが降りてきた。
1月20日に、UNVボランティアとして、スリランカに着任した濱田久紀さんがUNVのオリエンテーションも終わり、とりあえず先に赴任している滝田(ヒロさん)さんの活動するマータラに入りました。しばらくマータラのホテル住まいになろうかと思いますが、何とかインターネットをつなぎ、やっとスリランカ発第1報のメールが届きましたので数回に分けて紹介します。ヒロさんのレポートもあるので、棲み分けしないと混乱しますがとりあえず単純に<クキさんからのレポート>とします。
以下は、マータラに赴任して最初のプログラムとなった野外料理教室(日本料理、スパニッシュ料理、スリランカ料理)に参加しての感想です。

<クキさんからのレポート1>
初めてTalallaの子どもたちによるプロジェクトに参加した。私たちが到着する頃には、既に子どもたちは集まっており、飾りつけをはじめていた。子どもたちなりに好きな様に飾りをしていく。UNから風船のプレゼントがあった。それを面白そうに膨らましては、膨らましすぎて割れてしまって大笑い。こちらまで笑ってしまう。ヒロが「小さく、小さく膨らましましょう!」とアドバイスする。しかし、暑さの為なのか、膨らましすぎなのか、数個の風船が割れてしまった。子どもたちは、そんなことはお構いなしでとにかく作業を楽しんでいた。風船が割れて気にするのは大人だけであろう。

暫くすると、ミュージックバンドのメンバーがTUKTUKに乗ってやってきた。小さなTUKTUKに5人も乗車し、その上、楽器まで乗せている。TUKTUKからメンバーが降りてきた時は、「えっ?そんなにいたの?」と本当にびっくりしてしまった。彼らは学校から楽器を借りてきて、ボランティアで子どもたちの活動に参加してくれた学生。みんなが料理をしている間ずっと演奏を奏でてくれていた。

この活動には、年齢は4歳から上は多分60歳近くの人が参加していた。これだけバラバラな年齢層でも皆の想いは一緒だった。CODEがTSUNAMI発生後のスリランカの避難所で見たもの、『他からの支援物資に頼るのではなく、大人も子どもも一緒になって、自分たちで料理を作ろう。』という想い。まさにCODEが目指す「被災者の自立」へ向けた活動の一歩であると感じた。

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2006年01月27日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.6

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ヒロさんのレポートに紹介されていたのですが、彼のソーシャル・ワーカーとしての原点を表す言葉として、次の言葉を座右の銘にしているそうです。

”Be the change you wish to see in the world ”(何かを変えるのではなく、自分がまず変化そのものになることから何かが変わりはじめる)

11年前の阪神・淡路大震災以降、自立は支えあいからという言葉を言い続けてきました。人間一人では生きていけないんだ!ということも体感しました。お互いの関係性の中で、励まされたり、支えあったり、時には厳しく叱咤されたりという中で、人は「育ちあって」行くのだと学んできました。今、マータラの子どもたちは各々の活動範囲に留まることなく、自分たちが学んだことを違う地域に伝えようと努力しています。つまりネットワークを築いて行きつつあります。こうして新たな出会いをつくりながら、まさに学びあい、育ちあい、「共育」が文化となるのでしょうか。まだ始まったばかりですが、今後が大いに楽しみです。

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2006年01月26日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.5

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【写真】黒板作りの様子
前に、ヒロさんが自ら手作りで黒板をつくることを提案したことについて触れましたが、そのことについてのヒロさんの思いがレポートされてきましたので、次ぎに紹介します。

−−−−−−−−−−−−−−−
今日はDevinuaraでの黒板作成の様子を写真で送ります。ここは2月からスタートするのですが、写真にある板はプロジェクトを運営するリーダーの家のドアです。そして白シャツでナイフを持っているのはこの村の村長。彼が自宅を開放して毎週一回プロジェクトを行うことになっています。「なんてケチな日本人なんだ?」と絶対彼らは思っていることでしょう。

なぜ私が手作りの黒板作成にこだわるのか?その最大の理由はsense of ownership、日本語にはしにくいですが、このプロジェクトが人から与えられたものではなく自分たちのものである、自分たちの手で作ったという感覚を持ってもらいたいからです。これと合わせてsense of control、つまりこのプロジェクトを自分たちで運営しているという感覚を、彼らボランティアに持ってもらいたいわけです。言葉にすると簡単ですが、この二つは体験からしか学べな
い。ある時黒板が欲しいというリクエストを聞いて、「あ、これだ!」と思ったわけです。
−−−−−−−−−−−−−−−

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【写真】現地の子どもたち
毎日毎日のスリランカレポートで恐縮ですが、滝田裕之さんがCODEのプロジェクトをサポートするために、実に精力的に働いておられるので、ご支援戴いているみなさまにも是非、少しでも子どもたちと生きいきと活動する姿を、想像して下さればと思います。阪神・淡路大震災のあと
には、PTSDという震災から受けたショックが、5年を過ぎても続いていると云う事例も少なくありませんでした。スリランカではTSUNAMIからやっと1年が過ぎたところです。TSUNAMIで家を流されキャンプで生活している人たちもおられます。まだまだこれからという状態ですが、これまで同様よろしくご支援の程お願い致します。

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2006年01月25日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.4

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【写真】子ども達に描いてもらった絵(マータラ)
前回の津波の絵についてですが、あの津波の絵はヒロさんが絵を描くように頼んだものではなく、自由なテーマのなかで子供のうち数人が描いたものだそうです。子どもたちが描いた絵にについて、ソーシャルワーカーとしてのヒロさんの視点で以下に解説していますので紹介します。

じつは私はどの段階で津波をテーマに絵を描いてもらうか、あるいは絵を描いてもらうように頼むことが適当か図りかねています。でも一番上の写真、よく見ると波のなかにたくさん木が浮かんでます。あれってあの場にいた人じゃないと描けない絵です。左下の丘らしきところから見ている人がいますね。両手を差し出して無力感を象徴しているように私には見えるわけです。描いた本人に詳しく聞いてみないと分かりませんが、年齢の低い子(10〜12歳)が描いた上の二枚に私は言葉にならない無力感を感じました。

その一方で3枚目の絵は14歳の子が描いたものです。一目見ておかしいと思うのは逃げ惑う人間に顔がないこと。まだ津波が飲み込む前なので、そこには恐怖の表情があったはずなのですが、彼女はあえて顔ごと絵から削除しています。それは同時に彼女(女の子です)が、過去の痛ましい出来事から目をそむけようとしていることがうかがえます。それなのになぜ彼女はあえて津波の絵を描こうと思ったのか。私はそこに興味を覚えます。

二枚目の絵の上にあるのは太陽だと思いますが、津波の映像を何度も見ていながら、あの日燦々と陽が降り注いでいたことなんて覚えていませんでした。この絵を見て「そういえばあの日は晴れていたのだな」と思いました。絵の中にある人間や建物、木が実写に忠実に表現されているのに、なぜか太陽だけは抽象的に燃えているかのように描かれている。まず私だったらこの絵を描いた人にその日本当に太陽を見たのか聞いてみたいですね。黒で縁取りされオレンジ色を使って塗られた太陽は、まるで神の怒りを象徴しているかのようです。もしかしたらこの子は津波後、そのような話を大人に聞いたかもしれませんね。それは彼(男の子)なりに、津波を理解しようとする試みだったのかもしれません。

私はまだプロジェクトの立ち上げ中であり、もう少し時間と心に余裕ができてから津波に触れていきたいと思っています。絵を見て勝手に理解するのではなく、描いた当人にその意味を聞いてみたいです。また、津波をどのように大人たちに教えられたか。これは防災プロジェクトを組み立てていく上で、是非とも知っておかなければならないことだと思っています。この絵を描いた三人の子供には、それぞれ個別に話を聞いてみたいと思っています。

今後とも随時情報を提供していきますので、スリランカの子どもたちを日本から見守っていて下さい。よろしくお願いします。


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2006年01月24日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.3

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【写真】子ども達に描いてもらった絵(マータラ)
防災「共育」の中でもいわゆる「心のケアー」という分野でしょうが、子どもに敢えて津波のときのことを思い出しながら絵を描いてもらって、津波で受けた恐怖感を徐々に払拭しながら、やがて正しい津波の知識を理解して貰うというものがあるようですが、この手法は場合によっては専門家との連携が求められます。ヒロさんは、アラスカでの実践を重ねてきたソーシャル・ワーカーなので、その辺りは心得ているようです。ヒロさんは、一度子どもたちに絵を描いて貰ったようです。(HPには、その絵が紹介されています。)彼は、日本のドナーのみなさんに今取り組んでいる防災「共育」の参加者である子どもたちの表情をまず絵をとおして紹介したいと考えたようです。

また、彼のブログでも詳しく紹介されていますがある村でこのプロジェクトを進めようとすでに入っている地区があります。そこの中学生たちがこのプロジェクトを進めるために「黒板が欲しい!」と彼に提案したら、彼が「よし、じゃあ板切れを拾ってきて黒板を作ろう!」と逆提案をしたようです。そうすると中学生たちは、最初は「えっ?」と目を白黒させたようですが、
まさにボランタリーな行動を開始しはじめたのです。まさに彼のやり方は、「共育」で一緒に考え、一緒に創りだしていくという手法です。こうしてこの1年間、私たちCODEはスペシャリストである彼が行う、スリランカにおけるこの防災「共育」プロジェクトをとおしてきっと学ぶことが多いでしょう。

さて、いよいよ濱田久紀さんがヒロさんと合流したようです。クキさんは11年前の阪神・淡路大震災で衝撃的な体験をしているだけに、ヒロさんとはまたひと味違った形でそうした経験が、きっとこの防災「共育」プロジェクトにも生かされてくると思います。お楽しみに!

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2006年01月23日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.2

津波被災者の中には、「あの時にもし救急法などを身につけていれば、死ななくてすんだだろう」と悔しがっている人たちもいます。その話を聞いて、ヒロさんは子どもたちに最低限の応急処置を学んで貰うことは意味があるだろうということで、地域に住む看護士あるいは医者を探し、手伝って貰う計画を持っています。スリランカにも赤十字はあるようだし救急救命チームもありますが、ヒロさんは敢えて地域住民に担って貰おうと考えています。というのも防災「共育」の対象は、主に小学校の低年齢層なので、むしろケガをしたらきれいの水で消毒すること、腐った物は食べない、泥水は飲んではいけないというような基本的なことを学んで貰うことが先決だという判断からです。
こうして小さな子どもといえども、可能な限り「自分の命は自分で守る」という自助が徹底されることで災害後の被害を軽減することの一助になるでしょう。ご存知の方もおられるでしょうが、日本の三陸地方に伝わっている「津波でんてんこ」という厳しい言い伝えを紹介します。

−津波てんでんこ−
津波のときだけは、でんでばらばら、親子といえども人を頼りにせず、走れる子どもは一目散でにげろ。そして一家全滅、共倒れになることを防げ、という話です。
もちろん、てんでに走って逃げられない人について、普段から足の弱いお年寄りや弱者は、家族でだれが助けるか話し合っておく。家族で助けて逃げることができないときは、近隣で助けあうことを決めておく。地域の防災力は日頃の話し合いや助けあいによって高められる。ということです。


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2006年01月22日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.1

スリランカ地図
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【写真】イシャンカさんが子どもたちに「お・は・し・も」の歌を教えている様子(マータラ)

 みなさま、いつもご支援有り難うございます。事務局長の村井です。先日紹介しましたUNV(国連ボランティア計画)のスタッフとして、CODEがスリランカで行う防災教育をサポートして下さっている滝田さん(通称ヒロ)から、いよいよ本格的なスタートに向けてのレポートが寄せられましたので少し掻い摘んでご紹介します。尚、すでに新聞などでご存知かも知れませんが、昨年4月からCODEでアルバイトをしていた濱田久紀さん(通称クキ)も、やっと最終手続きが済み先日20日、スリランカに向かいました。着任先は、ヒロさんがマータラ、クキさんはゴールです。

この国連ボランティア計画の活動期間は今年12月31日までです。その後この防災教育プロジェクトがどこまで続けられるかは、現地のカウンターパートナーであるスリランカYMCAの力量とこの1年間で育つボランティアにかかっています。現地の様子については今後この二人から届けられますので、小刻みにして事務局からみなさまにはこのMLを使ってお伝えします。

<スリランカ防災「共育」プロジェクト現地レポート No.1−2006.1.22>
−いよいよスリランカバージョン「お・は・し・も」広がる!!−
防災ソングとして愛知県美浜町布土小学校で歌い続けられている「お・は・し・も」ソングが、ヒロさんの赴任先マータラで広まりつつあります。デビヌワラという漁村に住む中学生のイシャンカという女の子が、5ヶ所でこの歌を広めていますが1時間もすれば子どもたちは歌を覚えてしまうほどです。

この歌は、もともと地震が来たら慌てずに「おさないで、はしらないで、しゃべらないで、もどらないで」パニックを起こさないように逃げようというリズミカルなメロディなのですが、何故かイシャンカとイシャンカのお母さんが編曲?したのはゆったりしたメロディーになっています。でもこの地域の伝統の楽器を使ってのメロディになっているそうで、ココナッツで造った太鼓なども使いながらの歌に仕上がっており、ヒロさんはむしろこうしてその地域の文化にあった形でアレンジされていくことを評価しています。

もちろんCODEとしても同感で、「おはしも」を生みだした布土小学校の先生にも了解を取って進めています。楽器を買ったりするお金もありませんので、こうした手作り楽器を使うことになりますがそれはそれでやりがいのある活動になっています。
*「おはしも」のCDがあります。必要な方は事務局まで申し出て下さい。(一枚500円送料別)

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