2007年05月04日

スリランカより愛をこめて−クキさんの防災共育レポート8

 クキさんのレポートがスタートしてから、いきなり直接レポートが止まっています。実は、停電なのです。よくマータラ県では停電になります。どうしても、というときは町まで行って、インターネットカフェから発信して貰っていますが、特に急ぐわけではありませんのでしばらくお待ち下さい。

 その替わりということではないのですが、ちょっとこんなエピソードを紹介します。日々の暮らしの中での防災について2回ほど書きましたが、タララの子どもたちが阪神・淡路大震災のあった今年の「1.17」に絵を描いて送ってくれました。その絵画展は、すでにCODEの会議室で開いたのですが、その絵を描くにあたっての子どもたちのやりとりです。少し長いのでご迷惑かも知れませんが、付き合ってやろうと思われる方は読み続けて下されば幸いです。あらためてこれを読んでいて「ハッ!」としました。こうして、自分たちの村を襲った津波のこと、そしてクキさんが体験した阪神・淡路大震災。彼等彼女らなりに、災害のこと、命のことなどを考えることによって「痛みの共有」がなされるんだなぁ!ということでしょう。
そしてクキさんもこうした子どもたちのやりとりから学んでいます。

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 1.17の活動としてタララ村から「プラトナ(希望)の獅子」の絵画をKOBEへ送ることになった。子どもボランティアリーダらの手作りである。以前、資金集めの活動の一旦としてタララ寺のホールで「絵画コンペティション」を実施したことがある。チーフモンクも優劣つけがたいと悩みに悩んで、順位を決めたほど、参加者の絵画の出来は素晴らしいものだった。そのコンペティションで見事、優勝したチャトランギーの弟が、お手本を描くのを手伝ってくれた。チャトランギーが1.17の絵画を送る活動を弟に説明したら、その翌日の朝、弟がチャトランギーに、そっとお手本を手渡してくれたと聞かされた。

 早速、そのお手本を元に、タララ村のプラトナ・チャイルド・クラブ、子どもボランティアリーダらが、希望の灯りを持つ獅子の絵を厚紙に描いた。最年少のラニールは、「僕は絵画が得意じゃないから、描けないよ〜」と兄貴分であるアミラに言うと、アミラが、「プルワン、プルワン、トライしろ!」と横で囁きながらも、そっとラニールが描くのを手伝っていた。獅子が持つ「灯り」が小さすぎると言いながら、大きな灯りに描き直し、獅子の足が短すぎると言いながら、足長に描き直しながら、アミラは兄貴分としての役目を十分に発揮していた。その姿に涙がでそうになった。

 ふざけながら描いていたロッシャンに対して、彼の一番の親友であるナデューンが、「お前は、この絵の意味が分かっているのか!分かっていたら、そんなふざけて描けないはずだ!」と怒鳴った。ロッシャンは、小さな声で「分かっている」と言うと、「それなら言ってみろ!」と問うナデュン。しどろもどろになりながら、何やら意味不明なことを言うと、「パーガル(馬鹿)!」と言われた。そして、ナデュンの長い、長い説明が始まった。説明が終わらないうちに、優等生のニローシュが「十分、分かった!」と言うと、大爆笑となった。
  
 各人が、それぞれの想いと共に描かれた「プラトナの獅子」の絵にフレームをつけることになった。「フレームを何処で購入できるのか?」と聞くと、「購入する必要なんてない、自分たちで創れる」と申し出た子どもたち。そして、ロッシャンが「椰子スティック(椰子の葉の中心にある)」を、アミラが竹を山から切り取っ
て持ってきた。竹は私が想像していたものよりもかなり太かった。アミラの見事な手さばきでその竹は我が家でフレーム用の細い竹と変化させた。アミラは、バイクの修理から何から何まで、上手くこなせる、「何でも屋さん」である。弟分であるラニールも、二代目「何でも屋」になるため、アミラ兄貴とペアーで行動している。
 
  現在、フレームの部分は完成、あとは、厚紙ボードをラミネートされた絵画に貼り付ける作業のみが残っている状態である。各絵画に、作成者名(写真付)と年齢、そしてKOBEへのメッセージを添えて、CODEに送る予定である。CODEから、この「プラトナの獅子」が、新たな「希望」と「勇気」を添えて何処へ巣立っていくのか分からないが、この絵画を通して、タララ村とKOBEが同じ痛みを持つものとして、「希望」という糸で織り込まれた「KIZUNA」で結ばれて、優しさの共有が深められたらと願う。
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2007年05月03日

スリランカより愛をこめて−クキさんの防災共育レポート7

レポート6に書きましたが、暮らしそのものが「防災共育」になっていなければ効果も半減するだろうと思われます。「子どもに、小さい頃から自分の衣服がどこにあるかを覚えさせ、いつも自分で着脱ができるように教えることが、まず防災共育の第一歩です。」と、日本の防災の専門家が言われたことを思い出します。

さてタララ村の子どもたちは、ガソリンスタンドで車の「洗車」をしたり、地域のお寺で開かれるバザーに野菜などを出品したりしながら、活動費を捻出して頑張っています。そういう子どもの活動を見て、ツクツク(スリランカのオート三輪タクシーの愛称)のドライバー達が協力してくれたりして、タララ村で生まれた「プラトナ・チャイルド・クラブ」が地域に支えられ活動をしています。「暮らしの中で」というのは、おそらくこうした生活の延長で”防災共育”を口にすることに意味があるのだろうと、クキさんは気づいてきたようです。

ご存知のように、スリランカを津波が襲ったのが2004年12月26日です。2年目の昨年12月26日、クキさんが「26日には何かやろうか?何もしないの!」と子どもたちに投げかけたところ、タララに住む一人の子どもが「ボランティアしようよ!海岸掃除をしょう!」と提案したのです。2年目の節目ではあるが、何か華々しいことをやるわけでもなく、そっと「ボランティアしようよ!」というのは最高の提案だと学ばせて貰いました。日本では、阪神・淡路大震災後、震災のあった「1月17日」がボランティアの日になり、その1週間は「ボランティア週間」と意義づけられたほどです。子どもといえど
も、ほんとに感性がすばらしいと思いました。

余談ですが、タララ村でもクキさんは人気者ですから、タララ村の中で借りている家は毎日地域の人のおしゃべりの場でもあり、コミュニティ・カフェKUKI」になっているようです。また、日頃のなんでもないおしゃべりも紹介できたらと思います。
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2007年05月02日

スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート6

今年度のスリランカでの防災共育プログラムに、日本で有名な「稲村の火」などの話を読み聞かせながら、スリランカオリジナルの絵本づくりに挑戦します。そんな立派な作品にならないかも知れませんが楽しみにしておいて下さい。おそらく今年度最後のギリギリになるでしょう。

さて、この種の絵本ですが、ご存知の方もおられると思いますが、すでにたくさん出版されています。その中でも奈良に本部を置く「スリランカの教育を支援する会」がすばらしい活動をされていますので、是非HPをご覧になって下さい(http://www16.plala.or.jp/j-slfpb/)。

CODEも、津波直後に現地入りしたときはこういった絵本づくりを目指していたのですが、足踏み状態です。でも、きっとタララ村からオリジナルの絵本が生まれることを願っています。防災共育の中でも、こういう普及ツールはやはり現地の文化や生活に馴染んだところでのストーリーができなければ効果は半減します。例えばインドネシアの場合は、”ワヤンクリッ”という影絵が暮らしに浸透
しているので、影絵を使って津波から命を守るための防災共育などをストーリーを演じれば間違いなく子どもたちにも浸透するでしょう。さてスリランカでの大衆文化は何でしょうね?ちなみに、今ではどうなのかわかりませんが、いっとき日本の「おしん」が大人気だったそうです。おしん版津波絵本ができれば、受けること間違いなしですが、ちょっと難しいかな?と思います。

ところで、スリランカの南部を中心に布教されている仏教は小乗仏教ですが、お寺のある地域では、住民が大変信仰心が厚いと言いましょうか、寺との関係がなくては暮らしがあり得ないというほどのものです。クキさんからのレポートによると、年に1回どこかの寺(例えばタララ村の場合は、村にある寺)に近隣のチーフモンク(僧侶のリーダー)を招待し、住民が僧侶達に食事のサービスをし
ます。僧侶達が食べ終わって、はじめて住民が食事につくのですが、(クキさんが尊敬している)タララ村のチーフモンクは、一人ずつみなさんのお皿に「たくさん食べて下さいね!」と笑顔でささやきながら配膳されるそうです。クキさんはこのお寺で食事をご馳走になるひとときも「防災共育」だといいます。何故なら、「このひとときは、人の心を穏やかなやさしい気持ちにさせてくれたからです。その優しい気持ちは、あらゆる人災に対して大きな”備え”となると思うのです」と。
あれ?これがそのまま絵本のストーリーになればいいのになぁ、チーフモンクを題材にはできないか??。余談ですが、それにしてもこの「備え」については、アフガニスタンの平和学ででも教えて頂いた話しと同じです。
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2007年05月01日

スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート5

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能登への寄せ書きの中のチャトランギー
すでに今年度1年間の防災共育のプログラムを概要のみ紹介しましたが、そこに「おばあちゃんの知恵集め」というのがあったと思います。そもそもこの発想は、足湯ボランティア活動からのヒントであることは伝えましたが、クキさんがタララ村の子どもたちに阪神・淡路大震災〜中越地震〜能登地震へと足湯が生かされていることを伝えたときに、子どもたちが、「スリランカでもできるよ!老人ホームに行っておばあちゃん達に減災の知恵などを聞く活動をしようよ!」ということになったそうです。以下にこの「おばあちゃんの知恵集め」に関してのクキさんのコメントを紹介します。

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スリランカの老人ホームにいる高齢者の方々はチャトランギーによると、割りと裕福な方が多いらしいのですが、寂しい方がほとんどだと聞きました。これは日本でも同じですね。「一番の貧困は、誰からも必要とされていないということ」だとは、マザーテレサの言葉ですが、子どもたちが寄り添いながら、おじいちゃん、おばあちゃんから知恵を聞くことにより、彼等が、自分たちも必要とされているっていう想いを感じていただけたら、又、その事により元気になってもらえたら、寂しさが少しでも和らいでくれたらと願っています。この活動により、おじいちゃん、おばあちゃんの内なる力を引っ張り出すことができますように、そしてそれらの力(知恵)が、私たちの内なる力(知恵)となり、この先の人生を光らせて
くれるのです。そして、子どもたちが、次世代の子どもたちへ伝えていく、(繋がる)ことにより、更にKIZUNAが広がり、知恵が広がるのです。
つまり「共育」なんですね。
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(*文中のチャトランギーというのは、プラトナ・チャイルドクラブのリーダーで、この会を行政に認可して貰うために何度も役所に足を運んでやっと認証させた”がんばり屋”です)


以前レポートで少しだけ紹介した計画書をHPにアップしました。こちらからダウンロードできます。
http://www.code-jp.org/report/CODEs%20project%204weeks%20program.pdf
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2007年04月28日

スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート4

 タララ村での防災共育プログラムに「防災マップづくり」があります。日本では最近多彩になり、従来のようなペーパーの上に描くだけではなく、マップも布で作ったり、パッチワーク風にしたり、またその大きさも舞台の段通ほどの巨大なものまで出来ています。しかし、タララ村では子どもたちの発想で、発泡スチロールの上に模造紙を貼って、そこに基本的な地図を書き、その上に立体的に工作した建物や木々を刺してつくるという方法で、これをクキさんは「立体型(発泡スチロール手法)」と表現しています。面白いのは、「地面手法」といって道路の土の上に地図を描き、土の上に工作物を差し込んでいくといくとうやり方です。屋外での活動の場合に子どもたちが考えたのですが、残念なのは保存が出来ないということです。唯一写真を撮っておいて保存するしかありません。ただ、まちづくりワークショップで時々使う手法ですが、箱庭風にしてその中で地図をつくるといことは可能かと思いますので、今度チャレンジして見ます。

 それにしても子どもたちもいろいろなアイデアを出してくれます。子どもたちの提案を、リーダーも含めクキさん達が協議し決定して行きます。実は先に紹介した「知恵があれば人生は光る」と命名したのは、現地の中学生です。余談ですが「知恵」って、仏教では「智慧」と書き、「悟り」を意味するそうです。子どもたちの感性って、ほんとに凄い!

郵便振替:00930-0-330579
加入者名:CODE
*通信欄に「タララ基金」と書いて下さい。

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2007年04月27日

スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート3

タララ村の子どもたちやリーダー達の紹介なども、HPにて追々紹介させて頂きます。今年の1月17日、阪神・淡路大震災から12年を迎えた後、「タララ村の子どもたちのメッセージ展」を開催しました。それはタララの子どもたちが阪神・淡路大震災の被災者のために描いてくれた絵画で、一人ひとりの紹介もしています。当センターの近くに来られましたら是非この作品も見て下さい。

 さて津波以降、スリランカプロジェクトにご支援下さっていることにあらためて感謝を申し上げますが、津波発生から2年半が経過しCODEの財源も厳しくなっています。すでに紹介させて頂きました助成金も受けましたが、誠に恐縮ではございますがあらためてみなさまにご寄付のお願いをさせて頂きます。災害支援に対する寄付は、どうしても直後の緊急時にしか集まりません。しかし災害後の「復興支援」も大切なことです。阪神・淡路大震災から12年を経験したKOBEの被災地のみなさまは痛切に感じてきたことです。そこでCODEが行っているスリランカ・防災共育プロジェクトに関しての基金として「タララ基金」を募りたいと思いますので何卒ご協力のほどお願い致します。期限は2008年3月31日とします。タララの子どもたちは、時にはガソリンスタンドで窓拭きをしたり、また住民がバザーをして協力してくれたり、またタララ以外の支援者が寄付をしてくれたりと自助努力もしています。しかし、活動を切りつめて切りつめて行っています。是非、ご協力をお願いします。

郵便振替:00930-0-330579
加入者名:CODE
*通信欄に「タララ基金」と書いて下さい。

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2007年04月26日

スリランカから愛を込めて−クキさんの防災共育レポート2

 読者のみなさまは、防災「共育」という漢字を使ったことに「?」と思われるでしょう。クキさんは、NGOの経験が豊富でもなく、防災教育の専門家でもありません。阪神・淡路大震災の被災者として、津波被害を受けたタララ村の子どもたちと体当たりで、まさに「痛みの共有」を体感しながら、「減災」のために取り組もうということから、このCODEのプロジェクトに関わって来ました。クキさんが赴任してから間もなく「教育っておかしいよね!防災教育って、別に一方的に教えるものでもないし、むしろ子どもたちと共に学ぶというか、もっというと子どもたちに教えられているんですよネ!」という実感から、防災共育としています。
(余談ですが、教育するという英語のeducateは、「引き出す」という意味もあるそうです。奥が深いなぁ?)

さて、今年度の年間プログラム計画が出されており、写真と共に届いていますが、詳細については追々HPにアップしていきますのでご覧下さい。プログラムを要約しますと、3つの手法による防災マップづくり(中身をお楽しみに!)、防災ソングやお絵かき、避難看板づくりなど、そして”元気の渦”プログラムがあります。一つひと
つの説明は次号からしていきます。しかし、圧巻は”おばあちゃんの知恵袋集め”という活動です。何故圧巻かというと、おそらく上がってくる成果を予測すると、まさしく”足湯ボランティアのスリランカバージョン”なのです。寄り添うことと聴くことから知恵を集めようと言う手法です。阪神・淡路大震災で初お目見えし、新潟県中越地震で育ち、そして今回の能登半島地震にもつながるという足湯が、形を変えてスリランカでも活躍するということでワクワクします。このレポートも楽しみにしておいて下さい。
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2007年04月25日

スリランカから愛を込めて−クキさんの防災共育レポート リニューアル創刊号

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 CODEはみなさまのご支援を受けて、2004年のスマトラ沖津波災害直後から、スリランカ東部に入り防災教育の可能性を探り、その後南部ゴール県やマータラ県でも同防災教育はじめ、漁業支援・保育所幼稚園建設支援を重ねて参りました。あらためてお礼を申し上げます。

 CODEは原則的には緊急支援を行うNGOではなく、阪神・淡路大震災などの経験を生かして、その後の「復興支援」に重点をおいて災害後の援助活動を行うNGOです。「復興支援」の中でも、次世代に語り継ぐという活動が大切であることは、阪神・淡路大震災からこの12年間にわたっても強く言い続けてきました。そういう思いから、語り継ぐ場としての保育園や幼稚園、あるいは漁村というコミュニティ、あるいは地域の重要なシンボルである寺院などのフィールドでの人材を確保しながら、この2年半にわたって活動をして参りました。

 中でもその防災教育のファシリテーターとして、スタッフの濱田久紀(以下「クキさん」といいます)を現地に派遣し後方支援をしてきました。クキさんは、1年間のUNV(国連ボランティア計画)との契約が終了し、その後1月からも引き続き南部マータラ県コッタゴダ地区タララ村で防災共育を続けています。実はこのタララ村は、クキさんがはじめてスリランカに入り、初期の防災共育を開始した村で、それだけに思い入れの強い村でもありますが、1年にわたってタララ村の子どもたちはじめお母さんやお父さん、石工、漁師、ツクツクのドライー、寺の僧侶などさまざまな市民・住民と歩んで来ました。今はタララ村に住居も構え、”永住?も辞さず”という覚悟で日々活動をしています。これまでスリランカレポートが滞っていましたことをお詫びすると共に、これからはリニューアルした気持ちでのレポートをお届けしますので楽しみにして下さい。

 なおCODEは、とりあえず今年度のクキさんの活動を全面的に支援することを決定したことと、このタララ村での防災共育の一部は「公益信託 今井記念海外協力基金」の助成を受けていることをつけ加えておきます。そしてこのプロジェクトは「プラトナ・チャイルドクラブ」という子どもたち自信の手でつくったクラブとのコラボレーション・プロジェクトです。ちなみにこのクラブの歌があり、そのタイトルは「知恵があれば人生は光」です。
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2006年05月09日

防災教育プロジェクト ニュースレター創刊

 UNV(国連ボランティア計画)のスタッフとして、CODEがスリランカで行う防災教育をサポートして下さっている滝田さんが作成したプロジェクト ニュースレターをご紹介します。
このプロジェクトはUNVとスリランカYMCA、CODEが連携して行っています。

ニュースレターは英語で書かれているので、要約致します

 まずファーストエイド(応急処置First Aid)のクラスがSt. John Ambulanceとの連携でマータラの4つ地域で行われ、子どもたちがケガや蛇に噛まれた際の対処方法をレクチャーしました。次に、子どもたちが病院や軍の施設に訪れ(Hospital & Army Visit)、災害や緊急時の病院や軍の役割を説明しました。その他にも国際移住機関(IOM)との連携で、2人のボランティアが防災教育の半日プログラムを実施しました。最後は、ニューヨークとアラスカで学生とソーシャルワーカーとして10年間過ごした滝田さんの横顔についても書かれています。

防災教育プロジェクト ニュースレター(1.5M)
※Adobe社 Acrobat Reader7でご覧下さい。(一部バージョンではご覧になることができません)
こちらから無料でダウンロードできます。
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ボランティア募集(スリランカ「共育」プロジェクト)

CODE事務局です。スリランカで行っている「共育」プロジェクトのスタッフ、滝田さんから下記のようなボランティア募集のメールが来ました。金銭的、語学的なハードルは高いかも知れませんが、興味のある方は事務局までご連絡下さい。

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ボランティア募集

途上国援助の現場で知識と経験を積んでみませんか?現在マータラにおいてプロジェクトの運営をお手伝いしてくれるボランティアを募集しています。年齢・性別・国籍は問いません。ただし英語またはシンハラ語で業務を行えること、そして途上国での援助活動に興味を持ち、将来にわたって同分野で活動することを志していることが条件となります。

ボランティアの方にお願いしたいのは主として以下の業務ですが、必ずしもこの限りではありません。

1)備品の調達
ここでいう備品とは文房具から機材まで、プロジェクトに関わる広範な物品の購入を指します。スーパーに行けば何でも揃っている日本と違って、市内の店を何軒も回り、時にはゴールやコロンボまで行くことも考えられます。

2)プログラム・コーディネーション
コーディネートには他団体(NGOや国連機関)とのスケジュール調整、ミーティングのセッティングおよび議事録の作成が含まれます。またプログラムに参加する子供の親への説明会、パンフレット・マニュアル作成、キャンプ地の事前調査・交渉・準備など、コーディネートの業務は多岐に渡ります。コンピューター(MS Word,Publisher, PowerPoint)の知識、および中〜上級の英語力が求められます。プログラム・コーディネーションは途上国へ派遣される国際スタッフの仕事の中枢を成すものであり、その範囲がいかに広いものかを実感するでしょう。

3) 企画立案
新たな企画を立ち上げる想像力と柔軟性が求められます。また、プログラムの趣旨と目的を理解し、同時に現地の事情を考慮するための分析力・多様な文化への受容性も必要になります。その企画を実行に移すためのコミュニケーション、プレゼンテーション能力なども必要になるでしょう。

以上の業務はボランティア活動であり、生活費、宿泊費、食費、社会保険などは一切支給されません。現地マータラに自費で来ることができ、独立心の旺盛な方を歓迎いたします。マータラには日本人UNVが二人駐在していますが、常に行動を共にするわけではありません。スリランカ人とコンビで英語またはシンハラ語で活動する機会が多いと思います。

宿泊費を支給することはできませんが、市内のゲストハウス(1泊10ドル程度:トイレ・シャワー付)をご紹介することはできます。食費は一日5ドルもあれば十分だと思います。また業務に関わる宿泊、通信、および移動の費用はYMCAより支払われます。

Hiroyuki Takita
UNV Field Project Coordinator

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2006年05月02日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.47

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【写真】危険な場所(赤)
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【写真】年長さんによる発表
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【写真】地図を食い入るように見ていました
(クキさんレポート40 〜防災マップ作成A トッタムナ村後編〜)

全ての切り絵が地図の上におかれた時点で、各グループで村の「危険な場所」を赤色で「安全な場所」を緑色で地図の上にマークをつけてもらうことになった。そしてその理由も聞いていく。グループで決めた代表の子どもたちが一人ずつ地図の前に立ち検証した。検証の一部をここで紹介したい。

まずは、●「危険な場所」として、1、「川」:ワニがいるから、洪水になりやすい場所だから、深いから、水が汚いから、2、「メイン道路」:危険な運転をする車が多いから、歩道と車道の区別がないから、3、「四つ角」:事故が多いから、4、「木」:古い枝や弱った幹などが倒れてくるかもしれないから、5、「海」:岩場でケガをするかもしれないから、地震が起きると海の水が内陸に上がってくるかもしれないから(津波)、6、「ボート」:沈むかもしれないからなどがあがった。

次に●「安全な場所」として、1、「お寺」:避難場所だから、2、「学校」:村人にとって誰もが知っている安全な場所だから、3、「高台」:高い場所だから、4、「運動場」:フリースペースが多く、建物もなく、寝転ぶことも可能であり、地震が来ても倒れるものが何もないからなどがあがった。子どもたちの観察力、洞察力には感心してしまう。大人の目線からでは解りえないことが、子どもの目線により知ることができる。子どもによる「防災マップ」の検証の大切さを改めて感じさせられた。

  私たちの質問の中に、避難所まで障害者、高齢者や小さな子どもが一人で逃げられない場合、どんな方法で逃げたら良いと思うか?また、どんな手助けができると思うか?というものがあった。回答として、二人以上の人の助けを呼ぶ、車椅子で逃げる、「KADA」と呼ばれる、重たい荷物を運ぶ荷台を使って逃げる、おんぶしてあげる、肩を貸してあげるなどがあった。3つのグル-プ全部が、私たちが作成した全ての質問に回答をだした訳ではないが、かなり高い確率でみんなから回答を得ることができた。残念ながら全部紹介することはできないが、私たちが想像していた以上に子どもたちの知識は豊富であったように思う。今後この「防災マップ」をどのような形で子どもたちやコミュニティーで活用していくのか。村の様子は月日とともに変化していく、日頃から防災マップを活用して変化などがあったら、書き込んでいってほしいと付け加えて、トッタムナ村の「防災マップ」検証のプログラムは終了した。

スマトラ島沖地震津波救援募金にご協力下さい
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2006年05月01日

 スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.46

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【写真】地図を広げて準備万端
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【写真】トッタムナ村 防災マップ作成
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【写真】お魚が、海ではなく、、道路に?
(クキさんレポート39 〜防災マップ作成A トッタムナ村前編〜)

  第6週目「防災マップ作成 A」共育プログラムがトッタムナ村で実施された。このプログラムの目的は、防災マップの検証である。災害時に、敏速かつ的確に避難するためにも、村の様子、道路、建物、住民などをよく知っておくことが大切であるからだ。

 まず、模造紙に描かれた村の地図の下に同じ大きさの発砲スチロールを貼り付けた。そしてその地図を囲むように、子どもたちを年長さんと年少さんを混ぜ、年長さんが年少さんをリードする形で、3つのグループに分けた。それから私たちが用意した質問に各グループで考えてもらう。当初、このグループ分けが果たして適切なのかどうか、かなり迷ったのだが、結果は年長さんが年少さんにも解るように簡単に説明をし、また彼らの意見を聞いていた。スリランカに来てから感心することなのだが、本当にこちらの子どもたちは、自分たちよりも年下の子どもの面倒をよくみる。どの子どもに対しても、兄弟姉妹と同じように愛情をかけている。日本では少子化で今では二人以上兄弟姉妹がいると驚かれるが、こちらでは逆に少ないと驚かれる。昔の日本がそうであったように、兄弟姉妹が多くいるということは、年下の面倒をよくみるということになるのだろうか。

 次に切り絵を各グループに配り、それらを各グループごとに地図の上に刺していくことになった。ある男の子が魚の切り絵を、何の躊躇いもなく道路の上に刺した。えぇ?道路に魚?何故?その子どもによると、津波発生後、魚が村の道路あちこちに散乱していたからだとのことだ。この子どもにとって、魚は海にいるのではなく、陸の、それも道路にいる印象の方が強いのであろう。彼の津波の記憶は、この切り絵の魚が道路に置かれることにより、みんなの記録として残った。

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2006年04月27日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.45

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【写真】安全な場所:緑色で○マーク、危険な場所:赤色で×マーク
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【写真】村歩きの時に写真を撮りました
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【写真】元気一杯に、は〜い!
(クキさんレポート38 〜防災マップ作成A タララ村後編〜)

 次に「防災マップ」の検証である。1.村の「安全な場所」「危険な場所」は何処か?2.避難所(お寺)の場所は何処か?3.避難する時の注意点は何か?(お・は・し・も)、4.災害時に優先される人たち(高齢者、障害者、外国人、幼児など)の避難の仕方は?又は彼らにどのような手助けが可能か?5.家や建物の構造として、津波で流されてしまった理由は何か?その対策方法は何か?6.備えとして、普段から何が備えとして必要か?

 これらの全ての回答を子どもたちからは得られなかったが、津波で建物が流されてしまった理由と対策に関しては各グループから回答を得た。全てのグループに共通しているのが、建物が強くないから、海の近くに建っていたから、水の威力が強すぎたからの3点である。またその解決策として、高台に家を建てる、平坦な強い家を作る、強い壁を作る、木を植えるなどがあった。

 安全な場所と危険な場所について一つ興味深い点がある。海や木を危険な場所としたグループと安全な場所としたグループがいたことだ。危険な理由として海は津波が来るかもしれないから、木は倒れてくるかもしれないからとした。安全な理由として海は近くに石の壁があるから、木は津波がきたら登れるからとした。このように同じ場所でも捉え方により、安全な場所、危険な場所が全く逆になる。

 各グループの代表者により質問の回答が発表されたのだが、あるグループの代表者(ボランティアリーダー)の男の子が発表する段階になって、頑なに彼は断った。国内UNVも他の子どもたちも何故なの?恥ずかしいの?と何回も聞いたのだが、彼は結局、前で発表することなく、他の年少さんが彼に代わって発表することになった。実は後になって、この男の子は読み書きが出来ないということが分った。スリランカでは識字率は非常に高い。この数値とこの現実のギャップが私の心を痛めた。数値は時に一人歩きし、実態を伴わないこともあるのではないだろうか。

 「防災マップ」検証のプログラムが終わると直ぐに子どもたちは、お寺の外の広場へと走っていった。「やっと終わった〜!」と言わんばかりの早さだ。子どもは本当に正直である。しかしこの無邪気さが時には残酷にもなる。ある女の子が泣きながら国内UNVの所にやってきた。年少さんが彼女に「お前は毎日同じ服を着ている!」と言ったらしいのだ。私たちは彼女を宥めながら、タララ村のプログラムは終了した。子どもは時に残酷だ。


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2006年04月26日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.44

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【写真】プログラムが実施されたお寺
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【写真】みんなでお掃除
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【写真】狭くても文句もなく
(クキさんレポート37 〜防災マップ作成A タララ村前編〜)

 第6週目は「防災マップ作成 A」共育プログラムがタララ村で実施された。このプログラムの目的は、防災マップの検証である。災害時に、敏速かつ的確に避難するためにも、村の様子、道路、建物、住民などをよく知っておくことが大切であるからだ。タララ村のプロジェクトサイトは、個人の自宅を解放して実施されていたが、今週から写生が行われた避難所となるお寺に移動することになった。公共の場所を利用してのプログラム実施は今回が初めてである。他3ヶ所のプロジェクトサイトは個人宅や村の公共の広場を利用している。今後このお寺がタララ村のプロジェクトサイトとなる。

 個人宅から備品などをお寺へと移動した。スリランカではお寺を開放して様々なプログラムが実施されている。日曜日の朝は僧侶による仏教講座が開かれている。キリスト教でいう日曜学校みたいなものだ。こちらのお寺の僧侶は私たちのプログラムをこのお寺で実施することに快く同意してくださった。まず、お寺の掃除をすることになった。子どもたちは私たちが指示することなく、一人ひとりが考え、ある子どもはほうきで床をはき、ある子どもはスペースを確保するために椅子や机を部屋の隅に置いた。30名以上の子どもたちが座るにギリギリのスペースしかない部屋ではあったが誰一人として文句を言う子どもはいなかった。ここスリランカに来て以来、大人の文句は沢山聞いたが、子どもからは聞いたことがない。子どもたちは、我慢するというのではなく、流れる川に身を任せるように、あるがまま、受け入れているように感じる。彼らの姿勢にいつも頭が下がる思いである。

 前回、トッタムナ村と同様に、年少さんと年少さんを混ぜ、グループを3つに分けた。子どもたちはひしめき合って座っていた。切り絵を各グループに配る。何処に切り絵を刺すのかを相談し、グループごとに地図の上に置いていった。今回の切り絵の中には村歩きの際に撮った建物や風景の写真もあった。それらの写真を見て直ぐに地図に置いていく子どもたち。村の隅々まで把握しているのではないかと思うほどの速さで全ての切り絵が地図に落としこめられた。


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スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.43

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【写真】キラウェラ村へ ようこそ♪
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【写真】キャラウェラ村の高台への階段
(クキさんレポート36)
 第5週目「防災マップ作成 @」共育がデビヌワラ・キラウェラ村で実施された。今回で4回目となる「防災マップ作成@」もデビヌワラ・シンハサナ村からの高校生ボランティアリーダーらの助けもあり、スムーズに実施することが可能となった。村長の息子が中心となり彼が描いた地図が模造紙に書き写されていった。この村にはお寺がある高台の他に、プロジェクトサイトから歩いて10分ぐらいの場所に少し急な階段がある高台がある。避難所となる場所に設定するには、狭すぎることとなりこの村の避難所をお寺と設定した。実際、津波時この高台に避難した人の数は少なく、殆どの住民がお寺へと避難したと聞かされていた。しかし、防災マップ作成にあたってはこの高台も明記した方が良いのではないかとのボランティアリーダーらの意見を取り入れ、地図に明記することになった。

 この高台の上には2軒の家が建っていた。その住民に話しを聞くことができた。津波が襲ったあの日、この高台から見える光景は地獄そのもので、それが津波である知識もなくだ、呆然とその光景を見ていたらしい。階段の途中まで水が押し寄せてきて初めてお寺まで避難したと聞いた。「なぜお寺に避難したのか?」と聞いたら、お寺には仏陀がいるので守ってくれると思ったからと答えた。お寺が避難所になるという考え方は、津波後であり普段の彼らの生活においてお寺はやはり仏陀(神)の場所としての観念が強いのであろう。そしてその仏陀(神)が彼らの命を守ってくれると信じている。仏教の仏陀、キリスト教のキリスト、イスラム教のアッラー、ユダヤ教のヤーヴェなど、それぞれの宗教には神や指導者として誰かが、何かが存在する。彼らに救いや助けを求めるその行為自体を否定することなどは出来ないが、ただ祈っているだけ、救いを求めるだけでは、災害時には何の助けにならないのも事実である。逃げなければ、耐震の建物を建てなければ、そこには死というものが待ち受けている。この事実を相手の宗教を重んじながら説明するのが実は一番難しいのではないかと思う。災害時の行動のあり方やその後の復興過程は、住民の神への信仰心(宗教)と密接な関係があると思う。この関係性を深く知るには、まず、その土地の宗教を勉強すること。ここマータラにおいては仏教。今後の課題として仏教の講座を僧侶から受けてみたいと思う。

 第6週目は、「防災マップ作成A」共育プログラムがプロジェクトサイト4ヶ所で実施される予定である。切り絵を地図に落とし込める作業と、防災マップの検証を行う。子どもの目から見た防災マップの検証を通して、多くのことを学ぶであろうと確信している。何度も同じことを言いたい。子どもの感性や彼らの目は大人よりも鋭いということだ。そこから学ぶことは多い。ちなみにこの防災マップ検証のプログラムを実施するにあたり、CODEの事務局長である村井さんから多くのアドバイスを受けた。このプロジェクトは多くの方の助けによって実施されている。CODEを初め、日本の支援者の皆様やそしてここスリランカの地元の方々からである。今後ともご支援、ご指導の程、宜しくお願いします。


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2006年04月23日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.42

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【写真】米粉で作る高台
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【写真】皆で相談して考案した方法
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【写真】芸術作品の切り絵
(クキさんレポート35)
 高台を立体的に見せるために、ボランティアリーダーらが相談しあいながらだした結果は米粉を練ったものを模造紙に貼り付けるという手法だ。タララ村の子どもボランティアリーダーにもその手法を説明する。しかし、初めて試みる手法に彼らは頭を抱え込んでしまった。水が多すぎると模造紙が破れてしまう。少なすぎるとひっつかない。水分もほどほどに適当な粘りをださなければならない。私はただ見ている以外どうしようもなかった。米粉を扱ったことは今まで一度もない。黙って見ていると、山となる高台には、仏陀が飾られている棚からお椀を取り出し、そのお椀にそって練った米粉を貼り付けだした。そして、お寺のある高台には少し濡らした新聞紙をちぎり、それを土台にして、練った米粉を上からぬりつけたのだ。そして他の子どもたちを呼び、紙に茶色のクレヨンで塗るように指示をだし、その紙をお寺の高台の上から貼った。見事な手法である。余りの感激に思わず万歳!万歳!万歳!と手を挙げて大はしゃぎしてしまった。
その姿を見たボランティアリーダーの男の子は、頭をかきながらも満足気な表情で私に残りの練った米粉を差し出し、「食べる?」と仕草で私に聞いた。私も首を横に振りYESという仕草で答えた。みんなで大笑い。

 年少さんの切り絵も他のプロジェクトサイト同様の素晴らしい出来である。発砲スチロールには色とりどりの切り絵が飾られた。これらの手法がベストだとは思わない。しかし、日本から必要物資を送ってもらい、日本の手法をそのまま適用する方法よりも、現地の子どもたちが自ら考え、彼らの手法で行う方が、今後彼ら自身で「防災マップ」を作成する時に、大いに役に立つと思う。なぜならこの手法は彼らが考えた、彼らだけの独自のものであるからだ。そして何よりも、彼らの本当に必要としている、自ら考える(自立)への体感がそこには存在するからである。


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2006年04月22日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.41

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【写真】今回も伝授に来てくれました
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【写真】マーシャの叔母さんの家
(クキさんレポート34)
 第5週目「防災マップ作成 @」共育がタララ村で実施された。今回もデビヌワラ・シンハサナ村の高校生ボランティアリーダーが「防災マップ作成」伝授に来てくれた。第3回目ともあって、彼女たちも落ち着いた様子で子どもたちに説明をしていた。タララ村の子どもたちは他のプロジェクトサイトに比べると年少さんの数が圧倒的に多い。年長さんは15歳を中心としたボランティアリーダー以外に数名となる。

 タララ村の地図は15歳のマーシャという女の子が描いてくれた。この地図を作成するにあたり、以前、彼女と一緒に村歩きをした。タララ村の約300名におよぶ村人が避難所となるお寺に津波の時避難したと聞かされた。このお寺の他に、プロジェクトサイトから約3.5km離れた場所に「テクニカルカレッジ」がある。高台にある為、歩くと、子どもの足で30分近くかかるらしい。マーシャ自身は、津波発生時、彼女の叔母さんの高台にある家に避難した。是非一緒に叔母さんの家に来てほしいと言われ、TUKTUKを走らせた。叔母さんの家は山頂にあり、マーシャの家から彼女の家まで歩いていくには、相当時間がかかると想像できた。「こんなに遠くまで津波の時、歩いてきたの?」と驚いて彼女に聞くと、「命の問題だから」とあっさり言われてしまった。その通りである。どんなに遠くても、どんなにしんどくても逃げる以外には津波から助かる方法はない。

 以前、インドネシア・ニアス島での出来事を思いだす。「地震発生、津波が来るかもしれないので高台に今から避難します」と、現地コーディネーターの方から言われた。夜中3時過ぎだったと記憶している。頻繁にこのようなことが起こると聞かされた時、あまりの眠たさから、「私なら避難せずに寝続けるかも」とCODEの事務局長村井さんに言った覚えがある。確実に私のような行動をとると待ち受けるのは『死』のみである。マーシャはこの叔母さんの高台の家を「仏陀の家」と笑って言った。彼女にとって叔母さんの家は命を救ってくれた仏陀が宿る場所であったのだろう。


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2006年04月21日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.40

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【写真】メイン道路は黒、サブ道路は黄色、海は青
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【写真】クレヨンの色をのばす様子
(クキさんレポート33)
 メイン道路は黒色、サブ道路は黄色、海は青色、では川は何色?と、又子どもが聞いてきた。何色がいいと思う?と逆に聞いてみる。子どもたちは一斉に、緑色と答えた。何故緑色なのだろうかと聞いてみると、川には藻がいっぱいあり、その色が緑色をしているからだそうだ。なるほどなぁと関心してしまう。私が答えるよりも子どもたちの方がはるかによく知っている。

 いざ緑色を塗る段階となって、緑色のクレヨンがほとんどないことに気づいた。子どもたちは相談している。備品で購入していた新しいクレヨンを取りに行って戻ってみると、既に子どもたちは、川の殆どを緑色に塗り終わっていた。どうやって塗ったのか?何と、布を使ってクレヨンをのばしていたのだ。彼らの知恵にはいつも驚かされる。私はつい持ってきた新しい緑色のクレヨンをそっとポケットにしまいこんだ。私はクレヨンを最後の一かけらまで使ったことはない。

 年少さんの切り絵をヒロが爪楊枝と待ち針で発砲スチロールに刺していった。お寺、魚、お家、ココナッツの木など、色とりどり、形も色々、おとぎの村にやってきたのではないかと思えるほど、素敵な切り絵が完成していた。子どもたちも自分たちの作品を早く発砲スチロールに刺したくて、ヒロの前には長い列ができていた。津波で殆どの建物が流されてしまったが(死)、子どもたちの目には、生きている木、生きている魚、生活を営む家など多くの「生」が見えていたに違いない。次回は、この刺し絵を実際地図の上に刺していく。子どもたちによる、子どもたちだけの「防災マップ」は、彼らの希望と夢をも運んでくれるかもしれない。


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スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.39

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【写真】駆けつけてくれたボランティアリーダー
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【写真】トッタムナ村の地図
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【写真】上手に切れるかな
(クキさんレポート32)
 第5週目は「防災マップ作成 @」共育がトッタムナ村で実施された。前回の教訓を活かし、今回は、発砲スチロールに直接絵を描くのではなく、厚紙のみに絵を描いてもらうことにした。子どもたちは、芸術作品とも言える見事な切り絵を作成した。

 デビヌワラ・シンハサナ村から高校生のボランティアリーダー二人が「防災マップ作成」の伝授の為、授業が終わって直ぐにトッタムナまで駆けつけてくれた。恥ずかしがりやの二人は子どもたちの前で説明するのに照れながらも、一端作業が始まると、主体的に子どもたちの中に入り、切り絵のお手伝いをし始めていた。
真っ白な制服に身を包んだ彼女たちの姿は、白衣の天使のように見えた。切り絵を刺すために、爪楊枝と待ち針が用意されていた。その待ち針の先には、色とりどりのパール色をした丸いピンがついていた。それを見た彼女たちは、私にその待ち針を一本欲しいと聞いてきた。何に使うのかと思うと、何と、制服のネクタイピンとしてネクタイに刺したのだ。ピンクと淡い紫色のピンを二人とも嬉しそうに胸につけながら、再度子どもたちの中へと入っていった。待ち針が、新たな役目をもらって彼女たちの心を、私の心を潤した。

 トッタムナ村の地図もデビヌワラ・シンハサナ村同様に、避難所となるお寺を中心にプロジェクトサイト周辺の地図が描かれている。プロジェクトサイトから避難所までの道を赤い矢印で道に書いていく。年長さんが私に聞いてきた。「津波前には、ここに郵便局があったんだけれども、今はない、建物のほとんどが津波で流されてしまったから描く建物がないんだけども、どうすればよいか」愕然としてしまう。その子どもは、津波前にはあったけども、今はないと明記すればよいと笑いながら私に言ったが、私は笑うことができなかった。殆どの建物が流されてしまい、未だに再建されないでいる。一年以上も経つというのに。結局、その子どもは、そこに郵便局を描いたものの、×印をつけた。しかしそれを見た他の子どもが消しゴムでその郵便局を消した。胸がギュッと痛んだ。何もかも津波で流されてしまったトッタムナ村。今は、再建された家、再建されようとする家のみがポツンポツンと村を守っている。

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2006年04月19日

スリランカ防災「共育」プロジェクト 現地レポートNo.38

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【写真】時計台が描かれていたが、、
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【写真】お家の切り絵
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【写真】↑子どもたちの作品↓
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(クキさんレポート31)
 「村の中にある、何でもいいから目につくものを創りましょう!」と私たちは子どもたちに言った。彼らは発砲スチロールに絵を描いてはカッターで切る作業を繰り返していた。色紙に絵を描き、厚紙に貼り、切る。ある子どもは、誰かが発砲スチロールに描いた「時計台」の絵を無視して、自分のお家を切り取っていた(写真参照)。ヒロと笑ってしまう。海が近いのか、自分たちの親が漁業を営んでいるためなのか、何故かお魚を創る子どもが多くいた。ある子どもは自分の名前がついた船を描いた。それぞれが好きな切り絵を創っていく。その横で、年長さんとボランティアリーダーらは、模造紙に地図を落としこめていた。何回も何回も鉛筆で書いては消し、書いては消しを繰り返しながら、見事な地図ができあがった。メインロードは黒、サブロードは黄色、海は青である。来週は、この地図に切り絵を置いていく。最終、どんな形で地図が仕上がるのか楽しみである。

 プログラム終了後、今回の「防災マップ作成@」の改善点などの話し合いが夜遅くまでヒロ宅で行われた。まず、発砲スチロール自体に絵柄を描き、カッターで切る手法は、子どもがケガをしてしまったことや、切り取った作品が壊れやすいことから考えて、厚紙に絵柄を描き、それをハサミで切る手法のみとする。切り絵を地図に置く方法として、地図と同じ大きさの発砲スチロールを地図の下に敷き、地図の上から、爪楊枝をつけた切り絵を刺す。メイン道路とサブ道路の色づかいは他のプロジェクトサイトの地図も同様とするなどがあがった。

 次回は、トッタムナ村で「防災マップ作成@」共育のプログラムが実施される予定である。今回の教訓を活かし、次回へ繋げたいと思う。

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