2006年09月20日

スリランカ第 7 次調査報告 No.1

 災害史上最悪の事態といわれた「スマトラ沖地震津波災害」(2004.12.26)から20ヶ月が経った”輝く島=スリランカ”を、この夏、駆け足で廻ってきました。以下に簡単に報告します。(理事・事務局長 村井雅清)

 みなさまからのご支援を頂き、CODEは津波をたスリランカにおいて次のような支援活動を行っています。@防災共育 A幼稚園・保育園建設 B漁業支援です。CODEの支援はどれもスリランカ東海岸と南部地域の2ヶ所ではじめました。その理由を説明するには、少しスリランカの政治的背景に触れなければなりません。スリランカでは20数年におよぶタミール人とシンハラ人の民族紛争が続いていて、2002年2月、やっとノルウェー政府の斡旋により、停戦協定が結ばれました。その後津波が襲い、一時は相互協定を結び、お互いに復興に歩もうと締結されたのです。世界中からの救援活動が、和平を一歩近づけたのでした。ところが残念ながら、マスコミなどでも伝えられているように、2005年11月の新政権誕生とともに、再び両者の関係が悪化し、今はコロンボ市内の治安にも影響を与えています。

 従って北部ジャフナの幼稚園・保育園(すでに完成しスタートしている)、東海岸トリンコメリーの漁業支援、東海岸バッティカロアの幼稚園建設、同じく東海岸アンパラ県での防災共育に関しては、安定するまではモニターにも行けない状態です。支援しているカウンターパートナーである漁業組合のサラナプラさんは「次回は是非トリンコ(トリンコメリー)に行きましょう!」と行ってくれるのですが、現実は厳しいところです。今回の訪問も南部のゴール、マータラ、ヒッカドゥア、ハンバントータで実施している防災共育、漁業支援、幼稚園・保育園建設のモニターになっています。次回から順次詳細な報告をさせて頂きます。

 いづれにしろ、津波から20ヶ月が過ぎたが、各々のプロジェクトが進んでおり、いよいよ次の段階では、現地の当事者たちが主体的に事業を継続・発展させるべき継承をどのタイミングで行うかです。私どもの調査団が帰国した日に、実はスリランカYMCAから2名の若者が研修の一環としてCODEに来てくれました。2人の内一人が言われたのは「津波以降、スリランカYMCAは復興のための”種”を蒔いてきました。この種が芽が出るようにサポートして行きます。」と力強く言われて帰られました。ほんとうにCODEが行う支援は種まきであって、あと水をやり、施肥し管理するのは地元の人達の仕事です。
私たちにできるその後の仕事は、ただ祈ることだけかも知れません。

 次号から通訳として同行した岡本千明がレポートをお届けします。お楽しみに。
posted by code at 10:48| 第7次現地派遣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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