2007年07月18日

スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート27



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(上)幼稚園にもまけないぞう
(中)クマーラさんもお手伝い
(下)真っ先にロッシャンへ
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「TSUNAMI教育プログラム」4
この物語の最後に、「ぞう」にちなんで、「まけないぞう」の説明がされた。「KOBE」「MAKENAIZOO」とシンハラ語に書かれた「まけないぞう」の写真を見せながら、チャトランギーが、「このぞうさんは今年で12歳になります。KOBEというクキの生まれ故郷で誕生しました。このぞうさんも皆と同じ、痛みと哀しみを知っています。なぜなら、12年前に、KOBEで地面が大きく揺れ、多くの方が亡くなったのです。そんな中で生まれたぞうさんだからです。ぞうさんは皆に、災害にも負けない心と幸せを運びたいと思い、KOBEからタララへやってきました。皆でかわいがってあげて下さいね。」と言いながら、KOBEから持参した「まけないぞう」を広げて見せた。「見せて!見せて!」と、あちらこちらから園児らの手がのびた時、「まけないぞう」が「パオ〜♪」って喜びの声を上げたように聞こえた。その後、先生が「まけないぞう」をツリーに飾った時も、「まけないぞう」が、「KOBEからのメッセージはしっかり伝わったよ、そして伝え続けるよ」って言ってくれているような気がした。一枚のタオルから、一頭のぞうが生まれ、そこからKIZUNAが広がり続ける。タララ村から世界へ広がることを真に願う。

 本日最後のプログラムとして、お絵描きの時間となった。「稲村の火の物語」、「TSUNAMI物語」を聞いて、好きな絵を描くというものだ。園児らにとって、「ぞうさん」の方が描きやすかったのか、親しみがあるのか、殆どの子どもたちが「ぞうさん」の絵を描いていた。この時間になって、TUKTUKドライバーのクマーラさんが幼稚園に顔をだした。「ちょっと見に来たんだ」と一言いうなり、ある園児のお絵描きを手伝いだした。勿論、私は何も言っていない。スリランカに来てよく思うことであるが、日本では、何かお手伝いなどする場合、「手伝いましょうか?」とか聞くのを耳にするが、スリランカでは、手伝うという行為そのものは、例えば、火が近づいた時に手を反射的に離すような感じで、困っている人がいると、手を差し出すというのが反射行動の一つとなっているのではないのかと感じる。なぜなら余りにも自然で日常の生活の一部のように、「手伝う」という行為がなされるからである。

 それぞれが想い、想いの絵を描き終わると、例の泣いていた園児がキョロキョロと誰かを探していた。誰を探しているのかと思っていたら、ロッシャンを見つけしだい、すぐに彼の側に駆け寄った。(写真)そして、「見て、この絵、僕が描いたんだ。お家へ持って帰っていい?」と聞いた。「ラッサナイ(綺麗)!もちろんお家に持って帰っていいよ!」って答えていたロッシャン。そして、その光景を見ていた私の方を振り返り、大きな、大きな笑みと目を輝かせながら、その絵を見せた。この笑みが、この目の輝きが私達の活動を支えてくれている。毎回、プログラムが終わる度にそう思う。ふと、TUKTUKドライバーのクマーラさんに目をやると、彼は園児に靴を履かせていた。彼の背中に手を回してしがみついている園児の姿とクマーラさんの優しさが朝の光が刺し込む幼稚園を更に輝かせていた。
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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート26



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(上)手を洗いましょう
(中)TSUNAMI物語
(下)聞く姿もそれぞれ
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「TSUNAMI教育プログラム」3
 幼稚園でのプログラム中に、園児らのランチタイムがある。自宅から持参したお弁当をいただくのであるが、この時間も私たちにとって「防災共育」であると言ったのはリーダらである。理由は、食事をいただく前後に「手を洗うこと」や、お弁当を持参できなかった子どもに「分けてあげること」などが、「防災」であるということらしい。「分け合う」「支え合う」ことが「防災」であると言った言葉をリーダらの口から聞いて、昨年から引き続きこのプロジェクトを実施してきた甲斐があったと心からそう思えた。防災共育プログラムの成果を何で計るのかと考えた時に、こういった一言、一言や、1.17の特別プログラムで彼らが見せた祈りの姿などから垣間見る「隙間」ではないだろうかと思う。

 ロッシャンが園児を抱え込みドアの方へ走りだした。ドアの外には水のはった洗面器が置かれていた。どうも、手を洗わずに食べだそうとしたので慌てて手洗いをさせに外へその子を運んだらしい。「手を洗わないで食事すると黴菌が一杯お腹の中に入って病気になるよ」って言ったDr.ロッシャンである。以前、プログラム後に「今日は医者になった気分だ」と言った彼の言葉を思い出す。

 ランチ後に少し外で遊び、次のプログラムである「TSUNAMI物語(象の物語)」の読み聞かせを行った。この作品は、長縄えいこさんの作品で、心あたたまる象の母子の物語である。TSUNAMIのおそろしさを子どもたちにわかりやすく伝えるように構成されている。日本語から英語に、更にシンハラ語にと訳し、大きめに印刷して紙芝居風に準備していた。これらの作業は、想像していた以上に時間と労力を要したが、皆で頑張った甲斐があり、ある子どもたちは、チャトランギーが「もう少し、下がって見ましょうね」と言っても聞かないほど、紙芝居に夢中になっていた。しかし、ある子どもは、情報ボードが気になるのか、その絵柄を見つめていたり、ある子どもは、悪ふざけしすぎで、チャトランギーに少し叱られていたりしていた。聞く姿勢も皆バラバラ、でも共通していたのは、この時間を皆が楽しんでいたということだ。悪ふざけをしていた男の子が、照れながら、前に進んで、チャトランギーの手伝いをし始めた姿を見て、思わず笑み一杯になってしまったチャトランギーと私である。
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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート25


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(上)一緒に外で遊ぼう(下)バンザイ
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「TSUNAMI教育プログラム」2
プログラムの始めから、ちょっとしたハプニングがあった。ある園児が、泣き続けているのである。机に顔をうつ伏せながら、こちらがどんなに宥めても、泣き止まない園児。どうしたものかと考えていると、ロッシャンがテクテクと園児の方に近づいて行き、その子の耳元で何か囁いた。するとその園児がドアの方へ泣きながら歩いてきた。それを見ていたある園児が彼のためにドアを開けてあげた。その後をロッシャンが続く。外に目をやると、ロッシャンがその園児をブランコに乗せ、ブランコを押しながら、何やらお喋りしていた。後から何を喋っていたの?と聞いても「秘密」だとしか答えてくれなかった。どうも、二人だけの秘密にしておきたいようだ。

彼らが外で遊んでいる間、幼稚園内では「稲村の火の物語」の寸劇が行われていた。稲穂に火がつけられ、その稲穂に扮する子ども、メラメラと稲穂が燃える様を、体を左右に揺らしながら楽しそうに演技していた。津波から逃れられた村人に扮する女の子は「バンザイ」をして飛び跳ねて喜んでいた。目を細めて見ていた私も思わず一緒になって「バンザイ」をしてしまった程である。

寸劇が行われている間に、どうもロッシャンが外から一人で戻ってきていた。しかし、暫くすると又、彼は外へと歩いて出て行ってしまった。そして寸劇も終わる頃に、今度は二人揃って戻ってきた後、泣いていた園児は自分の席へ落ち着いた様子で座った。ロッシャンが「もう大丈夫だよね?」とその子を気遣いながら優しく尋ねていた。
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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート24


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(上)「稲むらの火の物語」読み聞かせ(下)お名前は?
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「TSUNAMI教育プログラム」1
 第3回目となるタララ村幼稚園でのプログラムは「TSUNAMI教育」である。「稲村の火の物語」と「TSUNAMI物語(象の物語)」の読み聞かせと、お絵描きというプログラム内容で実施した。「稲村の火の物語」は、チャトランギーにとって思い出深い作品である。昨年一年間、子どもたちを対象にこの物語の読み聞かせを彼女自身でアレンジしながら、彼女独自の作品を創りあげてきた実績がある。当時、彼女はよく私に言っていた、「この作品が私を大きく成長させてくれたの」と。「稲村の火の物語」が毎回、彼女の手によって姿を変え、新たな作品となって子どもたちの心に刻み込まれていったことを思いだす。

 最初にチャトランギーが、絵本を園児に配り始めた。すると、ある園児が、彼女が何も聞いていないのに、配るのを手伝いだした。するとどうであろう、他の園児も手伝いたいとチャトランギーに言い寄ってきたのである。その姿を見ながら、「ボランティア連鎖」という、昨年からずっと考え続けている言葉が頭に浮かんだ。ある者の行動が、他の者の行動に影響を与え、同じ行動を起こさせるというものだが、ボランティアという、本来生まれながらに皆が持ち合わせている精神を、ある者の行動で呼び起こされ、それが連鎖しながら更に他の者を呼び起こすという「ボランティア連鎖」である。この「連鎖」が広がれば、あらゆる人災に対して「備え」となり、それこそ争いのない社会、世界を築けるのではないのかと思う。「ボランティア精神」とは、一体何なのか?と聞かれれば、「社会を、世界を変える起爆剤」と答えたい。そして、各人がこの「起爆剤」を持ち合わせているということも付け加えたいと思う。

 「稲村の火の物語」の読み聞かせが行われている中、本日、リーダ一人で参加しているロッシャンが出席簿をとっていた。実は彼は他のリーダらがいると絶対にこの役目を避けるのが常で、理由は字が下手だということらしいのだが、今回はこちらが指示しなくても、自ら名前を園児から聞き、筆記していた。「字が下手だって?上手いじゃないの!」って後から言うと、少し照れながら、「ウン、まんざら悪くなさそうだ」と言って大きな笑みで答えたロッシャンである。彼は、昨年から続くこのプロジェクトに参加して以来、本当に、彼自身も驚く程、「変わった(成長した)」一人である。日々の活動を通して、どんどん変化していく彼の姿は、彼の家族を含め、皆を驚かせている。
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2007年07月04日

スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート23



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(左上)情報ボード(上)完成した塗り絵(下)お手本を見ながら描く
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「工作プログラム:情報ボード作成」4

今回のプログラムも多くの改善点を発見することができた。まず、塗り絵であるが、この作業もかなりの時間を要する為、小さめの絵柄は、事前に塗っておくことにすることにした。実は、塗り絵だけで、3点ほど用意していた。チャトランギーとも、とにかく多めに作業できる品数を用意しておこうと決めていた。ある程度の年齢になると、1歳違いでは、能力的にも、体力的にも余り大差はないが、園児ぐらいの年齢だと、1歳違いで大きな違いとなる。もしかしたら、早く塗ってしまう園児らがいるかもしれないし、ずっと手助けの必要な園児らもいるかもしれないからだ。「塗り絵、描く情報の絵柄を可能な限り多めに作成したいの」とリーダらに言った時、これこそ「防災」だと言って笑ったリーダらの顔を思い出す。

 又、園児ら自身が描く情報は、こちらが提示した絵柄を真似て描くのではなく、園児らが考える情報を描いてもらうことにした。この案はリーダからでたものだ。真似ようとするから時間がかかってしまうのではないかとの意見である。園児らが考える情報とは?恐らく私たち大人では想像もできないような情報がでるかもしれない。次回、是非この方法でプログラムを実施してみたいと思う。

 来週は、TSUNAMI教育プログラムである。「稲村の火の物語」の読み聞かせと、寸劇、更には、日本から持参した、「TSUNAMI」というタイトルの絵本を含める予定。既にシンハラ語に翻訳し終わっており、この絵本はリーダらによって園児に読み聞かせをする。 又「象」にちなんで、日本から持参した「まけないぞう」を今回作成した「情報ボードと共」に壁に飾る予定である。 
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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート22


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リーダー達と一緒に色塗り
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「工作プログラム:情報ボード作成」3

非常用持ち出しバックの中身が描かれた「塗り絵」に色をつける作業となった。各塗り絵が、園児たちに配られる。今回、リータの数が足りないと聞いて、チャトランギーの妹が手伝いに来てくれた。さすが、チャトランギーの妹なだけある。こちらが何も言わなくても、お姉さんの動きを見ながら、テキパキと作業をこなしてくれていた。彼女も他のリーダ同様に、園児らの側に寄り添いながら、「これは何?来れは何に使うのかな?」と園児に聞きながら塗り絵を手伝っていた。この作品は、ラミネートされた後、ストローで額をつけ、最終はお家へ持って帰ってもらって壁にかけてもらう予定である。これらの作業は、リーダらとも相談しながら第4週目の最後のプログラムに組み込むことにした。

 次に簡単な絵柄の情報を、園児らに描いてもらう作業となった。これが、かなり困難を極めた。情報自体は、理解してもらえたのだが、それを自ら描くとなると、やはり難しかったようだ。殆どの園児が全く違う絵柄、もしくは手助けによってでしか描くことができなかった。3つの絵柄の内、一番簡単なのを選んだつもりであるが、この作業は思っていた以上に時間と手助けを要した。正直、「うんんん、困ったなぁ」と内心思っていたところ、リーダのN君が、「上手く描けなくても、この絵柄(情報)を園児らは理解していんだからそれで十分だよ、クキ」と耳打ちした。その言葉にホットさせられた。彼はいつも私が落ち込んでいる時や、悲しんでいる時にそっと側に寄って、色々な話しをしてくれる。その話しの内容は、いつも私を安心させてくれる。「安全一番」とよく言われるが、「安心一番」ではないかなと考えることがある。心が安らぐと、心に余裕が生まれる。心に余裕があってこそ、危険を防ぐ、避けることが容易になるのではないかと思う。
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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート21

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得意気に発表

「工作プログラム:情報ボード作成」2

まずは、情報ボードの説明から始まり、先週質問にもあった、非常用持ち出しバックについての復習がされた。「バックの中には何を入れたら良いのか分かる人?」とチャトランギーが皆に尋ねると一斉に手が上がり、ある園児を指定した。その子は手をポケットに突っ込んで、得意気に皆の前で発表していた。聞いている園児たちも、興味津々、中には、その子と一緒になってバックの中身を言っている園児もいた。よく覚えているなぁと感心して見ていた。

次に、情報ボードに貼る情報の説明がされた。合計6つの情報である。各絵柄を、丁寧にチャトランギーが説明する。こちらが驚くほどに園児らは全ての絵柄を理解してくれた。ある園児が、「お母さんとお父さんはよくケンカをするんだけれども、止めさせる為の情報ってあるの?」と聞いてきた。ニローシュが私の耳元で、「この子の両親、仲悪いので有名なんだ」と囁いた。チャトランギーは、少し困った表情を見せたものの、すぐさま、「家族の絵を描いて、全体をハートで囲んだらどうかなぁ?」と笑み一杯に言った。その子も笑み一杯に「うん!」と言って答えた。この園児にとっての災害は、両親がいつもケンカしていることなのだろう。リーダの一人であるR君は「怖さ」が災害だと言った。N君は「失敗」だと言った。D君は「暴力・酒」だと言った。彼の父親はアル中で、母親に暴力を振るう。人にはそれぞれ違った災害がある。私にとっての災害とは何かと問うと「寂しさ」かもしれない。しかし、これらの殆どの災害は、人の優しさや、大丈夫だよ、心配するな、側にいつもいるよ!といった励ましや思いやりによって軽減されるのではないかなと思う。
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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート20


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(上)情報ボードの説明(下)説明をじっと聞く
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6月15日に行われた幼稚園での第2回目のプログラム「情報ボード作成」を数回に分けてお届けします。

「工作プログラム:情報ボード作成」1

 第2回目となるタララ村の幼稚園のプログラムは、「工作プログラム:情報ボード作成」である。このプログラム実施にあたり、多くの準備が事前になされた。第1回目のプログム実施前には、この情報ボード自体を園児たちが作成する予定であったが、園児らと実際接してみて、情報ボード自体作成するのは彼等にとって若干難しすぎるのではないかというボランティアリーダらの意見を取り入れ、予定を変更し、事前にリーダらによって作成することにした。幼稚園のプログラムは、私たちにとって初めての経験で、話し合いの時間を多く要する。頭では可能であろうと思っていても実施してみて初めて分かることが多々ある。

 数ある災害に関する情報をどんな形式で情報ボードに貼るのか。園児らにも分かる簡単な絵柄でなければいけない。日本から持参した資料や現地で調達した資料の中から数点をリーダらと相談しながら決めた。又、園児ら自身で描いてもらう為の簡単な情報の絵を3点描いた。



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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート19

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みんなで汽車ポッポ

「防災マップ作り」プログラム5

 根気強く、約20分以上もの間質問に答えてくれていた園児らであるが、さすがに疲れと若干退屈になってきたのか、落ち着きがなくなってきた。それを見たチャトランギーは、直に園児らを立たせ、「汽車ポッポ」のお遊戯を始めた。その後は、象さん、ウサギさんに皆が扮しながらグルグルとテーブルを回った。体を動かした為か、園児らも落ち着きを取り戻し、最後の質問へと移った。
 
災害に対して普段からできることは何か?の問いに、ラジオやテレビの情報に注意する、非常用持ち物として、衣類、医薬品、懐中電灯などを用意しておき、お寺へ持っていくと答えた。

 こちらが用意していた質問に対して、園児らは全部答えてくれた。辛抱強く、根気強く、本当に頑張って答えてくれた。先生も、園児らが、ここまで長い間、じっと椅子に座っているのは初めてであるとおっしゃっていた。しかし、次回は質問の量を少し減らす予定である。理由として、やはり答えを引き出すのにかなりの時間を要し今回も予定終了時間よりも30分近く長くかかってしまったことにより、迎えに来ている親御さんらを待たせてしまう結果となってしまった為である。先生からのアドバイスとしも、質問が若干多すぎると指摘された。

 私たちが今まで実施した防災マップには3種類の手法がある。幼稚園に対しては、立体的手法(発砲スチロール手法)を用いることにしたのには理由がある。切り絵を描く行為とそれらを発砲スチロールに刺すという行為が幼い子どもにとって楽しみながら簡単に行えるという事と、切り絵を差し替えることも可能であることから、お遊びの一つとして今後も切り絵を変えて、またひと味違った防災マップを作成することが可能であるからである。前回のプロジェクトで、紙粘土が見つからず、その代わりに米粉を利用したのだが、今回は紙粘土で立体的な建物を作成することが可能となった。紙粘土は米粉のように腐ることなく保存が利くことと、容易に使える利点がある。切り絵や紙粘土を多いに利用し、今後もこの防災マップを幼稚園で使って頂けるように先生にお願いして、プログラムは終了した。
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スリランカより愛を込めて−クキさんの防災共育レポート18

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「TSUNAMIを知っている人ー?」「はーい」

「防災マップ作り」プログラム4

 逃げる時にどんなことに注意しなければいけないか?の質問に対して、立ち止まらずひたすら逃げること、津波が再度来るかもしれないから戻らないこと、何も聞こえなくなるから叫ばないこと、他の人を押さないことなどが答えとしてあがった。勿論、チャトランギーが園児らにも答えられるように誘導しながらこれらの答えがだされたのであるが、「お・は・し・も」の説明を全くせずに、こんなに幼い子どもでも、完璧に近い答えが返ってきたことに、先生をはじめ、チャトランギー、ーダらも驚かされた。

 お年寄りや逃げることが困難な人たちに対してどんな手助けができると思うか?というに問いに対して、お年寄りなどにはお花をあげて励ましてあげると答えた園児がいた。「私はまだ小さいから、抱っこしてあげられないから、励ましてあげるの」と言った。この質問を園児にするかどうか、以前かなり迷った。2〜5歳ぐらいの子どもが、逃げることが困難な大人に対して何ができるのか?何もできないのではないのかと。しかし、結果はこの通りである。花を差し出すという行為によって『励ます』という、困っている人の『心の支え』となる手助けを考えたのである。私には想像もできなかった答えである。

 家がなぜ壊されたと思うか?に対しては大きな波が押し寄せてきたからと答え、壊れない為にはどうすればよいと思うか?に対しては、家の周りを高い塀で囲むと答えた。前回のプロジェクトでも同じ質問を対象年齢10歳以上の子どもに聞いたが、強い家を建てるという答えはあったが、高い塀で囲むというのは今回が初めてである。それもしつこいようだが、2〜5歳までの園児の答えである。そして、その塀に綺麗な色を塗るのと答えたのも園児である。
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